2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に登場する、織田信長(演:小栗旬)に仕えた重臣の中でも「林秀貞(はやし・ひでさだ、演:諏訪太朗)」はあまり知られていない存在かもしれません。しかし、彼は信長の父・信秀の代から仕え、若き日の信長の教育係も務めた家臣でした。

しかし、晩年は信長の怒りを買って追放されるという数奇な運命をたどります。本記事では、戦国の動乱に身を置いた林秀貞の生涯を、信長との関係を軸にたどっていきます。

『豊臣兄弟!』では、古くから仕える織田家の家臣として描かれます。

林秀貞
林秀貞

林秀貞が生きた時代

林秀貞が生きた16世紀中頃から後半にかけては、まさに戦国の世。守護や守護代に代わって戦国大名が実権を握り、各地で覇権争いが繰り広げられていました。

この時代の特徴は、血筋や身分よりも実力が物を言う「下剋上」の風潮。そんな中で織田信秀の嫡男・信長が頭角を現し、戦国の覇者となっていきます。林秀貞は、その変革のただ中で、時に信長を補佐し、時に刃を交えながら、自身の立ち位置を模索し続けました。

林秀貞の生涯と主な出来事

林秀貞の生没年は不詳です。資料は少ないですが、その生涯をできる限り紐解いていきましょう。

信長の教育係として

林秀貞は、美濃国(現在の岐阜県)出身で、尾張の戦国大名・織田信秀に仕え、平手政秀(ひらて・まさひで)とともに嫡男・信長付きの家臣となり、養育にあたりました。

しかし、信長が若い頃は「うつけ者(非常識な振る舞いをする者)」と評されていたこともあり、家中の評判は芳しくなかったようです。

そのことを如実に表すエピソードとして、天文20年(1551)に信秀が亡くなった後、政秀は信長の奇行をいさめるため切腹をしています(天文22年《1553》)。

織田信長
織田信長

信行を擁して信長に反旗を翻す

弘治2年(1556)、林秀貞は柴田勝家らとともに、信長の弟・信行を擁立して信長に反旗を翻しますが敗北。信長に許された後は、外交や行政面で手腕を発揮していきます。

桶狭間の戦いで信頼回復

永禄3年(1560)、今川義元を討った「桶狭間の戦い」では、秀貞も信長の配下として参戦。この戦いで織田家が一躍、全国に名を轟かせます。このとき、秀貞も功をたてました。

史蹟桶狭間古戦場

信長の「専制」の象徴として、晩年に追放…

ところが、天正8年(1580)、林秀貞は突如として信長によって追放されます。この年、同じく老臣の佐久間信盛(さくま・のぶもり)も高野山に追放されており、信長の家臣団における「刷新」が進められていた時期でした。

秀貞の追放理由は明確ではありませんが、信長の専制体制を示す上での整理の一環だったと考えられます。

まとめ

林秀貞は、織田家の古参として信長の誕生から成長を見守り続けた人物です。ときに信長と敵対し、のちに和解しながら再び重臣の座に返り咲いたその姿は、戦国時代の家臣団の複雑な力関係を物語っています。

最終的には信長の意向で追放されるという厳しい結末を迎えましたが、信長の「育ての親」としての役割や、桶狭間の戦いなどでの戦功は、歴史の中でしっかりと語り継がれています。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『日本人名大辞典』(講談社)

 

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