文/鈴木拓也

筒井順慶が築城を始めた郡山城は、五層の天守閣の威容を誇る、大和国で唯一の城であった。

豊臣秀長が、大和国を含む一帯の領主としてこの城に入ったのが1585年のこと。このとき、ともにこの地にやってきた一人に菊屋治兵衛(きくやじへい)がいた。治兵衛については、史料もなくほとんど何もわからない。代々続く菓子司として商い、大和国に移り住む前から秀長の御用を勤めていたのだろうと推測するばかりである。

ある日、治兵衛は、秀長から新たな菓子を作るよう命じられる。兄の秀吉をもてなす茶会に出すにふさわしい「珍果」であることが条件であった。

治兵衛は苦心の末、粒餡を餅で包み、表面にきな粉をまぶした小ぶりの餅菓子を作り出す。はたして、茶会の席で秀吉はおおいに気に召し「鶯餅」と名付けた。

この、鶯餅の祖型を生み出した治兵衛の末裔が、(株)本家菊屋の代表取締役社長、菊岡洋之さんだ。当代で26代目、奈良県で現存する最古の和菓子店の当主である。

安政の大地震で倒壊し再生した店舗

本家菊屋は、県内各地に7店舗を構えるが、本店は郡山城跡の近くにある。建物は、おそらく江戸時代の初期に造られたもので、往時の風格を今にとどめる。

菊岡さんによれば、江戸末期の安政の大地震で店舗は倒壊したという。

「地震があったのは、ペリー来航の翌年でしたね。周辺のお店も含め、二百数十軒が軒並みぺしゃんこになりました。うちは、辛うじて蔵だけが残りました。当時はもちろん重機などありませんから、まだ使える建材はできるだけ生かして、人海戦術で店を建て直したのです」

近隣は、スーパーやカフェなど現代的な建物が立ち並ぶ。江戸時代の商家の建築物は、ここでは非常に珍しい。

歴史の長さを物語る小道具

店内に足を踏み入れてふと見上げると、天井の梁に支えられるかたちで、実にたくさんの菓子の木型が並べられている。代々にわたり作られ、使用されてきたもので、今も現役のものもあるそうだ。

「岡山の博物館に以前勤務されていた女性2人が、木型の研究を趣味でしていて、ここで2日間にわたり調査されました。中には、木型を作った人の名前や年号が記されたものもあって、江戸時代までさかのぼるものもあるそうです。また、畿内風物詩を紹介した江戸時代の本も残っていて、それには菊屋の看板商品が紹介されています」と、菊岡さんは語る。

店の歴史を記した古文書などはなく、手がかりは断片的な口伝だけ。かなり古くからあるのはわかるが、それはどんな由緒なのか不明なものは少なくない。

菊岡さんは話を続けた。

「例えば、これもわからなくて謎ですが、菊壽亭と記された看板があります。菓子屋にそぐわないのですが、安政の震災前は、別棟で接待施設でもあったのかと想像します」

本家菊屋本店に残る「菊壽亭」と判読できる看板。

「それと、この看板も江戸時代のいつ頃に作られたのか不明ですが、玄武羹、朱雀羹、青龍羹、白虎羹、紫雲羹と5種類の羊羹の名前が彫られています。何百年も経った今、色はみんな剥げていますが、当時は極彩色のきれいなものだったと思います。これらの羊羹は、今も製造販売しています」

5種類の羊羹の名前が彫られた看板。
栗羊羹を加えて、今も受け継がれる昔の味。

店内では公開されていないが、大和国郡山藩の第3代藩主、柳沢保光(尭山)が揮毫した書も残されている。それには「一口残」と横書きされており、「求めに応じて書く」と添え書きがある。「これは想像ですけど……」と前置きして菊岡さんは説明した。

「江戸時代になって柳沢家がここの藩主となり、代々の御用を仰せつかってきました。尭山公のときに御先祖が、『お殿様、せっかくやから一筆書いてください』と頼み込んで書いてもらったのではないでしょうか。意味は、美味しかったから、後で食べるのに一口残しておこうでしょうね。お殿様も、茶目っ気たっぷりでウィットに富んだ方だと思います」

鶯餅なのに黄緑色ではないワケ

先述のとおり、店の歴史を語る文書の類はなく、ごく限られたエピソードが口伝で継承されている。冒頭の鶯餅の話もそうだ。今は、御城之口餅(おしろのくちもち)という名称で販売されているその鶯餅は、青大豆らしい黄緑色ではなく薄茶色。これはなぜだろうか。

「私の仮説ですが、江戸時代の絵師が、梅の枝に緑の可愛らしい小鳥を描いて、それを鶯だと言った。でもそれは間違いで、メジロだと思います。メジロは、体の大部分が黄緑で、目の周りが白いのが特徴です。対して鶯は、雌雄や季節によってちょっと違いますが、薄茶の地味な色です。

秀吉さんの時代は、鶯は薄茶色という認識だったはず。だから、その色の菓子を見て、鶯餅と命名したのは自然なことなのですね。もっとも、私どもの御城之口餅は、青大豆のきな粉を材料としています。浅煎りだと青いきな粉になるのですが、豆の青臭さがちょっと出てしまいます。それで深煎りにして、茶色のきな粉にしています」

そう語る菊岡さんは、御城之口餅と名前を変えた理由についても解説を加えた。当時、店のそばに郡山城の大門があり、城の入り口にあるということでその名にした。わざわざそう変えたのは、徳川の世になって、秀吉につけてもらった名前は使いづらかったからではないかとも。

実に四百年余りの歴史をもつ御城之口餅は、現在の本家菊屋でも最も人気のある商品。とろけるような柔らかさと上品な甘さが、多くの人を惹きつけている。秀長ゆかりの地へ旅した折には、ぜひ立ち寄られたい。

本家菊屋 本店
住所:〒639-1134 奈良県大和郡山市柳1-11
電話: 0743-52-0035
FAX :0743-52-3026
公式サイト:https://kikuya.co.jp
営業時間:9:00~18:30(1月2、3日は~17:00)
定休日:元旦のみ

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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