1986年『女が家を買うとき』(文藝春秋)での作家デビューで、世間に鮮烈な印象を残した松原惇子さん。77歳に至る現在まで、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けてきました。そんな松原さんの最新刊が『70歳からの手ぶら暮らし』(SBクリエイティブ)です。
65歳で持ち家を手放し、75歳で愛猫を亡くし、母親も亡くし、独り身で身寄りもなく、年金額も少なく、傍から見たら不幸の条件が重なってみえるかもしれませんが、毎日を機嫌よく暮らしています。また、本書では「ひとりの老後を応援する会」の代表でもある松原さんが、自身と同様に「孤独」や「老い」を楽しんでいるおひとりさまたちのお金や住まい事情、暮らしの様子に迫ります。お金があろうとなかろうと、住まいがどこであろうと、とてもイキイキと暮らしている彼女たちの様子は、見えない未来に不安を抱えている女性たちはもちろん、男性たちにも希望を与えてくれるはずです。
「何も持たなくても、いつでもどこでも幸せになれる」ことを教えてくれる一冊から、前後編で松原流の「手ぶら暮らし」の極意をご紹介します。後編は、「幸せになるための心がまえ」です。
文/松原惇子
70歳からは、幸せを見る目だけあればいい
自分次第でいつでもどこでも幸せになれる
近所に、静かに、ひっそりとひとり暮らしをしている高齢の方がいる。何をしているのだろうか。うちの母に聞いた話では、「ほとんど外に出ずに、介護用品に囲まれて暮らしている」と冷ややかだった。外出は年に一度の氷川きよしショーを観にいくときだけで、あとは、ほとんど家にいるということだ。毎日、家の中で飽きないのか。もしかして、ただ食べて出している生活なのか。手芸や読書は目が悪いのでしていそうもない。実は、一度、その方にお会いしたことがある。そのときの印象は「穏やかで素敵な方」である。気の強いうちの母とは対照的な柔和な風貌だったのをよく覚えている。
人は外から見ただけではわからないし、他人が判断するものではないだろう。どんな生活をしていても、そこに幸せを見つけられた人を幸せというのだ。稼ぎのいい夫がいなくても、かわいい孫がいなくても、賃貸アパート暮らしでも、年金が少なくても、友達がいなくても、大病をしていても……。自分次第でいつでもどこでも幸せになれるということをわたしは教わった気がした。頭でわかっても、そのような心境に至るのは難しいが、その境地を目指さないかぎり、幸せな老人にはなれないのかもしれない。
残りの人生、びくびくして生きる? どんと構えて生きる? ほら、笑って!
大事なのは生き方だ
「手ぶら暮らし」というタイトルから、モノを持たない生活の話だと思った方もいると思うが、この本は、終活や断捨離を勧める本ではない。はっきり言って、それらはたいしたことではない。木で言えば、枝葉だ。大事なのは根だ。そして根となるのが、生き方だ。老いをどうとらえているのか。どういう姿勢で生きているのかだ。
今回の本の取材で出会った方々は、皆さん、迷いなくポジティブに自分の人生を生きている方たちばかりだったのは、嬉しい誤算だった。取材の中で、「ひとりだから」、「賃貸住宅だから」、「身内がいないから」、「貯金や年金が少ないから」などの条件は、不安な老後の言い訳にはならないことを学ばせてもらった。
いきいきと暮らしている人の共通点
そして、いきいきと暮らしている皆さんにはある共通点があることに気づいた。それは次の3点だ。
1.足るを知る
仏教用語でいうところの「少欲知足」。欲が少なく、足りていることを知っていること。「洋服を買わない」という人が多かったが、ケチでも節約家でもなく、少欲な人。物欲から解放されているからなのである。
2. 感謝の心
何事にも感謝しながら暮らしている方が多かった。友達だけでなくコンビニのお兄さんにも感謝、お茶に誘ってくれた人に感謝、足は悪いが杖で歩けることに感謝、ご飯がおいしいことに感謝、道で会う野良猫にも感謝。年を取れば取るほど、感謝の度合いが多くなっているように感じた。
3. 好きなことがある
皆さん、好きなことを持っていた。時間をつぶすために暮らしているような人はいなかった。幸せの近道は、好きなことがあることのようだ。
お金があるとかないとか、持ち家があるとかないとか、身内がいるとかいないとか、生きていると心配は尽きない。けれども、70歳を過ぎたら、ここまで生きて来られただけで感謝。先のことを心配してもなるようにしかならない。死ぬときは死ぬ。残りの人生をびくびくして生きるか、どんと構えて生きるか、決めるのはあなただ。ほら、笑って! 笑顔で過ごしましょうよ。
※本書では、著者と同世代の女性たちの頼もしいエピソードが紹介されています。
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70歳からの手ぶら暮らし
松原惇子
SBクリエイティブ 1,430円
松原惇子 (まつばら・じゅんこ)
ノンフィクション作家。1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジにてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』(文藝春秋)はベストセラーに。1998年には、おひとりさまの終活を応援する団体、NPO法人SSS(スリーエス)ネットワークを立ち上げる。『ひとりで老いるということ』、『孤独こそ最高の老後』、『極上のおひとり死』(SB新書)、母・松原かね子氏との共著『97歳母と75歳娘 ひとり暮らしが一番幸せ』(中央公論新社)など、著書多数。