印象派の巨匠、クロード・モネ(1840~1926)。その最も代表的な作品は、一連の「睡蓮」の連作です。その多くが、現在、東京上野の「国立西洋美術館」で開催中の『モネ 睡蓮のとき』に出展されて、大きな話題となっています。

今回、フランス・ノルマンディ地域観光局の協力で、「睡蓮」連作の制作地であり、モネの終の住処である「モネの家」、その有名な「水の庭」(睡蓮の池)を、ノルマンディのジヴェルニー村に訪ねました。

※モネの名作「睡蓮」が描かれた、ジヴェルニーの「モネの家」と「水の庭」【モネの足跡をノルマンディに訪ねる】1はこちら

数多くの日本の浮世絵が飾られている母屋

睡蓮の浮かぶ「水の庭」からは地下道を通り、花々が咲き乱れる庭園へ向かいます。「絵具箱の花壇」と呼ばれる、色とりどりの正に絵具箱のように花が咲く庭。その向こうにピンクとグリーンの母屋が見えてきます。

庭園「絵具箱の花壇」には、春から秋にかけて、次々と花々が咲き乱れる。

二階建ての母屋には、1階にモネのアトリエ跡、ダイニング・ルーム、キッチンが並んでいます。モネは231点と言われる浮世絵のコレクションを持っていて、特にお気に入りを室内に飾っていました。中には「ビッグウェーブ」として有名な葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」、ゴッホが複写したことでも有名な安藤広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」などがあります。(飾られているのは複製)

「浮世絵のコレクションは、モネが生前に選んだ場所に、ほぼそのまま飾られています。浮世絵に触れたモネは、その構図やテーマから大きな影響を受けたと言われています」(ジヴェルニー村のあるヴェルノン市観光局のアンヌ・ル・エナフさん)

モネの家のダイニング・ルームは、モネが住んでいた頃と同じように保存されている。
ダイニング・ルームの暖炉前に立つモネのモノクロ写真。現在も浮世絵が同じ配置であることが分かる。
ダイニング・ルームの暖炉横の浮世絵。左は広重の「東都名所 佃島深川」、右は同じく広重の「江戸名所百景 深川洲崎十万坪」。

母屋1階のダイニングルームはイエローで統一され、壁一面には浮世絵が。暖炉のすぐ右横に安藤広重の「東都名所 佃島深川」、その右には広重の「名所江戸百景 深川洲崎十万坪」が見えます。暖炉の逆側の壁には北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」などが並んでいるのも見逃せません。ダイニングルームに飾られている、生前のモネのモノクロ写真を見ると、当時のままに室内が保存されているのがよく分かります。

モネといえば、「睡蓮」のほかにも、「つみわら」や「ルーアン大聖堂」「エトルタの断崖」など、多くの「連作」を描いたことでも有名です。浮世絵では、北斎の「富嶽三十六景」が連作の典型ですが、広重も「東都名所 佃島深川」では「昼間」と「月夜」を全く同じ構図で描いています。この、「全く同じ構図で異なる季節や時刻を描く」と言う連作は、モネも「ルーアン大聖堂」の連作で試みています。

広重「東都名所 佃島深川」(月夜)では、夜の風景を描いている。
広重「東都名所 佃島深川」の昼間の風景。全く同じ構図だが、飛んでいるホトトギスの後ろの月がないので、昼間なのがわかる。
二階の寝室には、歌麿などの浮世絵が飾られている。

2階の寝室の壁にも浮世絵が飾られていて、ベッドの真上に飾られている横長の浮世絵は喜多川歌麿の「江の島」、右の壁には同じく歌麿の「名所風景美人十二相 赤子に乳を飲ませる母」などが飾られています。

芸術家村ジヴェルニー誕生の知られざる歴史

「この村のもうひとつの目玉は、ジヴェルニー印象派美術館です」(アンヌさん)

「モネの家」を出てからクロード・モネ通りを西へ、歩いて3分ほどの「ジヴェルニー印象派美術館」を訪ねました。カフェも併設するこの美術館は、印象派の歴史、起源、多様性、他の芸術運動への発展などに焦点を当てて、印象派の画家たちやその継承者の作品を扱っています。今年2024年は、第1回印象派展(1874年)が開催されて「印象派」が生まれてから150年です。訪れた時は、「印象派誕生150年」を記念して、日本画家・平松礼二さんがモネの大装飾画に敬意を込めて制作した屏風絵のシリーズ、「睡蓮交響曲」の展覧会が開催されていました。

※ジヴェルニー印象派美術館公式サイト(英語あり) https://www.mdig.fr/en/

現在はレストランも兼ねている「ホテル・ボーディ」。ランチ、ディナーの利用ができる。

モネがジヴェルニーに移り住んだのち、モネを慕う多くの印象派の画家や芸術家がジヴェルニーを訪れ滞在しました。中でも、今も残る重要な場所が「ホテル・ボーディ」Hôtel Baudy(オテル・ボーディ)です。ここは、「モネの家」から、小さなカフェや画廊が点在するクロード・モネ通りを西に歩いて10分ほどにある、素朴なフランス料理が食べられるホテル兼レストラン。名物料理は、地元の鴨の砂肝とジャガイモが入ったオムレツ「オムレツ・ボーディ」。このホテルは、かつてフランスやアメリカの印象派の画家たちが集う場でした。

1886年の春、パリの美術学校で絵を学んでいた若いアメリカ人画家、ウィラード・メトカーフがジヴェルニーを訪れました。彼はボーディ夫妻が営んでいた雑貨屋を偶然見つけ、泊まれる部屋を求めましたが、夫妻は部屋は無いと断りました。数日後、メトカーフは彼のパリの美術仲間を3人連れて、再び雑貨屋を訪ねてきましたが、今度はボーディ夫人は彼らに食事を作り、部屋を貸しました。ボーディ夫人は、モネがすぐ近くに住んでいることを教え、そしてモネは、アメリカ人画家たちをランチに招待したと言います。

メトカーフたちは印象派の巨匠モネがジヴェルニーに住んでいて、そこにいる親切なボーディ夫人が面倒を見てくれることを画家仲間に教え、彼らは絵画制作のため、ジヴェルニーを頻繁に訪れるようになっていきます。1887年、店の裏手の小屋に彼らのためのアトリエが作られ、滞在用の部屋も用意されて、「ホテル・ボーディ」が誕生しました。

「ホテル・ボーディ」の裏手の小屋にあるアトリエ跡。店で食事をすれば見せてもらえるとのこと。

このアトリエには、モネ自身のほかにも、ルノアール、シスレー、ピサロなどのフランス印象派の画家も訪れました。アメリカ人画家としてはメトカーフのほか、セオドア・ロビンソン、ジョン・シンガー・サージェントなどのアメリカ印象派の画家、そして第4回印象派展(1879年)にも参加したアメリカ女性画家のメアリー・カサットなどが滞在し、「アメリカ人画家たちのホテル」と呼ばれ、画家たちの交流の場となっていきます。こうしてジヴェルニーは、第一次大戦の頃までに、延べ300人以上のアーティストが滞在したと言われる、アーティストたちのコロニー、芸術村となっていったのです。

現在、大阪の「あべのハルカス美術館」にて、《印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵展》が 2025年1月5日まで開催されていますが、言わばジヴェルニーは「アメリカ印象派」の誕生の地とも言えるのかもしれません。

※《印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵展》公式サイト https://www.ytv.co.jp/moneame/

モネ一族が眠る教会の墓

「モネとその家族の多くは、この村の聖ラドゴンド教会の墓地に埋葬されています」(アンヌさん)

最後に訪れたのは、「ホテル・ボーディ」から更にクロード・モネ通りを歩いて5分ほど、集落の西端の小さな教会にあるモネ家の墓。世界中から訪れたファンが、静かに祈りを捧げていました。

聖ラドゴンド教会。建物の右側の道を登っていくと「モネ家の墓」がある。
モネ家の墓には、モネ自身のほか、妻のアリス、息子ミッシェルらが眠っている。

「睡蓮」の連作のほかにも、モネの数々の名作が誕生し、フランスやアメリカの印象派画家が集った、「印象派の聖地」とも言えるジヴェルニー。「水の庭」の睡蓮の揺れる水面、そこに映る白い雲の流れや緑の柳の枝をゆったりと見つめて、その一瞬の光と色の揺らぎを捉え、まさに「印象」をキャンバスに描こうとした、そんなモネの気分にひたってみてはいかがでしょうか。

次回は若きモネが絵を学んだノルマンディの港町と、数多くの名作を描いたノルマンディの景勝地の訪ね方をご紹介します。

※ヴェルノン・ジヴェルニー観光局公式サイト(英語あり) https://www.nouvelle-normandie-tourisme.com/en/

※フランス観光開発機構公式サイト(日本語) https://www.france.fr/ja/article/normandie-experiences-pour-marcher-sur-les-pas-des-impressionnistes/

※クロード・モネ財団(モネの家)公式サイト(英語あり) https://claude-monet-giverny.tickeasy.com/en-GB/home

取材・文・撮影/福田 誠

 

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