豪華版『源氏物語』の行方
I:中宮彰子が実家の土御門第から内裏に戻るにあたって、『源氏物語』を豪華に製本して一条天皇(演・塩野瑛久)に贈呈したいという案を思いつきました。色鮮やかな料紙は色とりどりに染めた紙に金泊などを散りばめた贅沢な品で、主に仮名文字を書くために作られた紙です。左大臣道長(演・柄本佑)の威信をかけて用意したのでしょう。
A:劇中では、道長から硯や筆などが新たに用意されて、藤式部に与えられたことが描かれました。『紫式部日記』の再現度が高くて、紫式部ファンの方々にとってもワクワクが止まらない場面になったのではないでしょうか。「光る君が見つけた若草のような娘の巻は若草色がよいであろうか、藤壺の宮の藤色であろうか」と中宮彰子が藤式部に尋ねる場面は、いい場面だなあと思いました。
I:自分の作品が中宮様から帝への贈り物として採用されて、こんなに美しい料紙を用いて、美しい文字で清書されて……藤式部の、はしゃぎすぎないけれどじんわりと喜びが伝わってくるような表情の演技に、見ていて私まで嬉しくなりました。その一方で倫子がちらちら見せる藤式部に対する複雑な心境の眼差しにドキッとしました。ああ、なんかほんとにいいドラマを見ているっていう充実感がハンパないです。
A:例によって、このとき一条天皇に贈られた冊子は現在に遺されていません。いったい最後に蔵していたのは誰で、なぜ「消失」してしまったのか? 答えは決して出ることがないのはわかっていても、ついつい想像してしまいます。
I:仮に紫式部直筆のものがどこかに秘蔵されていたとして、それが式部の直筆だと判定する術がないような気もするのですが……。
A:さて、中宮彰子のもとで製本された豪華本ですが、雰囲気だけでも触れてみたいという向きは、『古今和歌集』の元永本(東京国立博物館蔵)を参照することが多いようです。『光る君へ』劇中では能書家ということで写しにかかわった藤原行成(演・渡辺大知)の曽孫藤原定実の筆という説のある国宝ですね。
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