源頼定と夜逃げを決行!
やがて一条天皇が死去すると、元子は源頼定と密通。これが顕光の逆鱗に触れ、なんと髪を切られ出家を強要されます(『栄花物語』巻第十一「つぼみ花」)。しかし、関係は続き、顕光は娘を勘当。元子は夜陰にまぎれて頼定の許に走り、遂に女子をもうけたと伝えられています。
その後の元子については定かではありませんが、『大日本史料』には「寛仁四年(1020)八月十八日に出家」との記述が残っています。頼定は同年6月に没したことがわかっているので、2人は最後まで添い遂げたのかもしれません。
さまざまな騒動の末、元子は落ち着いた暮らしをしていたことがうかがえます。
まとめ
一条天皇から、短い間でも寵愛を受けた藤原元子。また、夜逃げ騒ぎを起こした源頼定とは、正妻ではありませんでしたが、子宝に恵まれ仲睦まじく暮らしたことが推測されます。そうしたことから元子はやや気性の激しい面はありつつも、一途で愛すべき女性だったのではないでしょうか。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
文/深井元惠(京都メディアライン)
イラスト/もぱ(京都メディライン)
HP: https://kyotomedialine.com FB
引用・参考文献/
『日本古典文学全集』(小学館)
『日本人名大辞典』(講談社)
『大日本史料 第二編之十六』(東京大学史料編纂所)