無能と揶揄されながらも、右大臣に

道隆の没後、嫡男・伊周(これちか)と弟・道長が執政の座を争い、道長が内覧・右大臣に任じられたことで、俄然、有利な立場になりました。さらに、長徳2年(996)に起こった「長徳(ちょうとく)の変」により、道長は伊周を大宰府に左遷し、権力を手中に収めます。

「長徳の変」とは、藤原為光(ためみつ)の三女のもとへ通っていた伊周が、花山(かざん)法皇も同じ屋敷に通っていたことから、同じ女性を寵愛していると思い込み(実は法皇が寵愛していたのは四女)、弟・隆家(たかいえ)とともに従者を連れて待ち伏せし、法皇一行に弓矢を引いたという事件です。

こうして道長は左大臣に、顕光は右大臣となりましたが、主導権は完全に道長。顕光は典礼儀式の知識などに疎く、時に無能といわれる人物でした。学識者・藤原実資(さねすけ)の日記『小右記(しょうゆうき)』の中で、「左相国、五品より始めて丞相に至るまで、万人嘲弄、已に休慰なし」(出仕以来、万人に嘲笑され通しだ)と酷評されています。

藤原道長
藤原道長

入内するも受難続きの娘たち

この時代、多くの有力貴族がそうであったように、顕光は長女・元子(げんし/もとこ)を一条天皇に入内させ、女御としました。時の中宮は伊周の妹・定子(ていし)です。元子が皇子を産めば外戚に、との思惑通り、元子は懐妊。しかし、『栄花(えいが)物語』によると、元子は産気づきましたが流れるのは水ばかり。想像妊娠だったとも流産ともいわれています。

元子は結局、子を産むことはなく、一条天皇のもとには道長の長女・彰子が入内し、皇子を出産しました。次女の延子(えんし/のぶこ)は、三条天皇の第一皇子・敦明(あつあきら)親王の后となりました。しかし、皇太子には彰子の産んだ、一条天皇の第二皇子・敦成(あつひら)親王(後の後一条天皇)が立てられます。三条天皇は、その次の皇太子に敦明親王を立てることを条件に退位しますが、後一条天皇が即位すると、当の親王は道長の圧力に押されて、自ら皇太子の地位を辞退し、小一条院の尊号を受けます。

またもや外戚となる野望の立たれた顕光。さらに小一条院は、道長の三女・寛子(かんし/ひろこ)と結婚します。顧みられることのなくなった延子は、悲嘆のあまり病に臥し、寛仁3年(1019)に亡くなりました。寛仁元年(1017)より、道長が辞したあとの左大臣を務めていた顕光は、治安元年(1021)、失意のうちに没しました。

なぜ悪霊左府(左大臣)と呼ばれた?

延子の悲しみを見て、顕光は一夜にして白髪となったといいます。また鎌倉時代に成立した『宇治拾遺(うじしゅうい)物語』には、顕光が、道摩法師に命じて道長への呪詛を行なわせたとあり、「此顕光公は、死後に怨霊となりて、御堂殿辺へはたゝりをなされけり。悪霊左府となづく云々」と記しています。

実際に、顕光の死から4年後、延子から小一条院を奪った形になった寛子が急死。同年、敦良(あつなが)親王(のちの後朱雀天皇)妃の嬉子(きし/よしこ)が、親王を産むもわずか2日後に逝去。2年後、三条天皇の中宮・妍子(けんし/きよこ)が死去。それらはいずれも道長の娘たちでした。悪霊の左大臣と称された顕光の説話は、『十訓抄(じっくんしょう)』『古事談(こじだん)』などに見られ、強力な怨霊として恐れられました。

まとめ

藤原顕光が、三条天皇譲位の式典を取り仕切ったときの様子を、『小右記』は、「今日の作法、前後倒錯、聊か其の事を記す、筆毫刓るべし」(今日の作法は、前後の順序などがまったくでたらめ。そのことを少し書き留めておこうと思ったが、書くことがあまりに多くて、筆が削れるほどだ)と記しています。

一方で、顕光は20年以上の間大臣を務め、火災で家を失った職員のために、邸宅の廊下を削って住まいを提供するなど情け深い人物でもあったようです。器用でなくても真摯に政務に取り組み、娘を思い、真面目に生きた77年だったのではないしょうか。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/深井元惠(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)

HP: https://kyotomedialine.com FB

引用・参考文/
『世界大百科事典』(平凡社)
『新版 日本架空伝承人名事典』(平凡社)

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