下鴨神社の馬場も緑に満ち溢れます。

春から夏へと季節が移ろう頃、自然界の生命が勢いを増す時期にあたるのが「小満(しょうまん)」です。草木が茂り、麦の穂が実りはじめるこの節気には、天地に満ちていくような命の力が感じられます。古来、日本人はこの時期に安心を覚え、季節の豊かさに感謝してきました。

この記事では、「小満」の意味や由来、七十二候、旬の味覚や花、心を整える行事について、下鴨神社京都学問所研究員である 新木直安氏に紐解いていただきました。

目次
小満とは?|天地に命が満ち始める節気
小満を感じる和歌|言葉に映る小満の情景
小満に行われる行事|装いを改める
小満に見頃を迎える花
小満の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む
まとめ

小満とは?|天地に命が満ち始める節気

小満(しょうまん)は、二十四節気の旧暦第8番目にあたります。2025年の小満は、【5月21日】。暦のうえでは、次の節気「芒種(ぼうしゅ)」までの約15日間を「小満」と呼びます。

小満が意味する「草木が茂って天地に満ち始める」とは、春に芽吹いた草木が勢いよく成長し、生命力が空間を満たしていくことを指します。特に農家にとっては、秋に蒔いた麦の穂が順調に実ることで「まずは一安心=小さな満足」となり、それが「小満」の名の由来ともいわれています。

七十二候に見る小満|自然の息吹を読み解く言葉

小満には、次の三つの七十二候(しちじゅうにこう)があてられています。

初候(5月21日〜5月25日頃)…蚕起きて桑を食む(かいこおきてくわをはむ)
蚕が鍬の葉を食べて育つ時期です。養蚕が盛んだった時代には、生命の循環を象徴する出来事とされていました。

次候(5月26日〜5月30日頃)…紅花栄う(べにばなさかう)
紅花が咲き始め、田畑を彩ります。紅花は染料や薬用として珍重され、暮らしと深く結びついた植物でした。

末候(5月31日〜6月5日頃)…麦秋至る(むぎのときいたる)
麦が熟して収穫する時期を表します。実りの季節を「麦の秋」と呼び習わしていました。

自然の現象を、短い言葉で豊かに伝える七十二候。それぞれの言葉には、自然の繊細な変化と日本人の感受性が映し出されています。

小満を感じる和歌|言葉に映る小満の情景

皆様、二週間ぶりでございます。二十四節気に纏わる万葉歌をご紹介させていただく、絵本作家のまつしたゆうりです。新緑の美しい季節、いかがお過ごしでしょうか?

さてさて、「小満」の記事でご紹介するのは、旧暦の夏の初めにぴったりな、色鮮やかなこの歌。

かきつばた 衣に摺り付け 大夫(ますらを)の 着襲(きおそ)ひ猟(かり)する 月は来にけり
(大伴家持『万葉集』3921 )

(訳)かきつばたを服に摺り付け、それを着た男達が狩りをする月がきたんだなあ
(詠み人)大伴家持(おおともの・やかもち)は、『万葉集』を編纂したとされる貴族で歌人。繊細な目線で日常のささやかな幸せや、心の動きを歌にしています。

絵/まつしたゆうり

「かきつばた(杜若)」は、この季節といえば思い出す花のひとつ。あでやかな紫色が濃さを増し始める緑に映え、心に残る景色を生み出してくれます。そんな紫色を衣に摺りつけ、偉丈夫な男達が狩りをするのが、今月だという。

この歌はおそらく陰暦五月五日、端午の節句に山野に出て薬を採っていた「薬狩(くすりがり)」という行事を詠んだもの。元々は鹿の若角を取っていたのが、後に薬草を採るようになったそうです。梅雨に入り夏の盛りに入る時期を元気に過ごせるようにと、採った薬を詰めた「薬玉(くすりだま)」を作る姿を詠んだ歌もたくさんあります。

薬玉の歌によく登場する杜若は、ほのかに甘い香りがするものもあるのだそう。それを衣に擦りつけることは単に「色を付ける」というだけでなく、やわらかな天然香水の役割をしていたのかもしれない、ということに心がときめきます。いい香りは魔除けとしても使われますが、夏の暑さにも負けずスックと力強く伸びるかきつばたの力を、自分の身に纏えるような気分になるのでは、とも思うのです。

そして「紫」という色も、当時の人にとっては特別な色。今では身近な色ですが、当時の主な染料である紫草の根が貴重なこともあり、一番高い位の人しか身に纏えない「高貴な色」だったのです。そんな色を、ほんのちょっとでも自分の衣の一部に纏える時間。きっと綺麗に色は出なくても、当時の人にとって飛び上がるくらい心が躍る、貴重な体験だったのかもしれません。

今年の水辺で杜若を見つけたら、お手持ちの布にそっと、色と香りを移してみませんか?
(「小満を感じる和歌」文/まつしたゆうり)

小満に行われる行事|装いを改める

小満のころは、暑さを見越して衣服を軽やかな装いへと改める「衣替え(ころもがえ)」の時期。現在は6月1日が衣替えの日とされていますが、かつては小満の頃から徐々に夏支度が始まりました。服を替えることで、心持ちまで季節に寄り添うことができます。

この時期には、梅雨に先駆けて降る雨「走り梅雨(はしりづゆ)」や、麦の熟す頃に降る「麦雨(ばくう)」が見られることがあります。また、旧暦では5月にあたるため、「五月雨(さみだれ)」という表現もこの時期の雨を指します。

雨の名前一つにも、自然と暮らしのつながりが宿っています。

小満に見頃を迎える花

初夏の風に揺れる花々は、心を落ち着かせてくれます。代表的なものをご紹介しましょう。

杜若(かきつばた)

青紫の凛とした花を水辺に咲かせる杜若は、日本に古くから自生し、『万葉集』などでも詠まれた風雅な花です。古来、花汁を用いて布を染めたため、「書き付け花」と呼ばれていました。転じて「かきつばた」になったといわれています。

杜若

突抜忍冬(つきぬきにんどう)

夏の花には、蔓(つる)を伸ばして風に揺れる姿が涼やかなものが多くあります。突抜忍冬もそのひとつ。葉の中央を突き抜くように茎が伸びる独特の姿から名付けられました。

初夏から夏にかけて、黄赤色の花を漏斗(ろうと)状に多数咲かせ、甘い香りとともに季節の風情を伝えてくれます。花は一見小ぶりながらも、どこか異国の趣を帯びており、庭木やフェンスに絡ませると趣ある景色をつくり出します。

突抜忍冬

小満の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む

小満の時期に旬を迎える野菜、魚、京菓子をご紹介します。

野菜|空豆(そらまめ)

青空に向かって莢(さや)を伸ばす姿から、「空豆」の名がついたといわれます。緑の莢に包まれた豆は、やわらかな薄緑色を帯び、平たい楕円形の愛らしい姿が印象的です。

何よりも鮮度が命。収穫後すぐに風味が落ちるため、手に入れたらその日のうちに調理するのがおすすめです。茹でてほくほくと味わうのはもちろんのこと、莢ごと直火で焼けば、豆の旨みと甘みがぎゅっと凝縮され、また違った味わいを楽しめます。季節を感じる一皿として、ぜひ食卓に取り入れてみてください。

魚|鯵(あじ)

初夏から秋にかけて旬を迎えるのが鯵。潮風が心地よくなる季節、海の恵みとして脂が乗りはじめ、旨みもぐっと増します。

細身におろして刺身やたたきに、酢で軽く締めた「しめ鯵」もまた格別。淡白ながら奥行きのある味わいで、酒肴としても人気の高い魚です。

高タンパク・低脂肪で、代謝を助けるビタミンB群も豊富。栄養価の面でも優れています。新鮮な鯵は、全体にふっくらと丸みがあり、表面に光沢があるもの。目が澄んでいるかどうかも鮮度を見極めるポイントです。

京菓子|唐衣(からころも)

唐衣(写真提供/宝泉堂)

小満の時期には、杜若を模した生菓子「唐衣」が作られます。名前は在原業平(ありわらの・なりひら)の和歌「唐衣 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」に由来し、餅生地で餡玉を折り込んだ“ういろう”仕立ての優美な一品です。

まとめ

小満は、自然界の命が満ちていくのを感じられる、季節の節目です。草花や食材に目を向けることで、日常にやさしい潤いが生まれます。雨の気配とともに夏が近づくこの時期、身のまわりの小さな変化に気づくことで、心にゆとりと調和をもたらしてくれるのではないでしょうか。

●「和歌」部分執筆・絵/まつしたゆうり

絵本作家、イラストレーター。「心が旅する扉を描く」をテーマに柔らかで色彩豊かな作品を作る。共著『よみたい万葉集』(2015年/西日本出版社)、絵本『シマフクロウのかみさまがうたったはなし』(2014年/(公財)アイヌ文化財団)など。6/3(火)〜9(月)京都の恵文社一乗寺店にて【ケルトの物語『ブランの航海』絵本原画展】開催。
WEBサイト:https://www.yuuli.net/
インスタグラム:https://www.instagram.com/yuuli_illust

監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com 
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/菅原喜子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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