海外のオークションで作品が高額で落札されるなど、近年人気急上昇中のアーティスト・井田幸昌が、2023年、米子と京都にてこれまでのキャリア集大成となる個展「Panta Rhei|パンタ・レイ―世界が存在する限り」を開催しました(※現在は会期終了)。本書『YUKIMASA IDA PANTA RHEI』は展覧会公式図録として制作された1冊です。
私も展覧会に足を運んだので、この図録のことがとても気になります。図録としては大きめのサイズとなるB4判型で、値段も14,300円(税込)と強気の価格設定ながら、売れ行きはかなり好調な模様。この図録の魅力はどこにあるのだろうか……と思い、手にとって詳しく見ることにしました。
結論としては、これはファンなら必ずおさえておきたいマストアイテムだと思います。本書における最大の注目ポイントは、紙上で展覧会を追体験できることでしょう。京都展での出品作品約350点の画像に加え、展示風景が丸ごと収録されています。
会場である京都市京セラ美術館は歴史の重みが感じられるクラシカルな建物で、井田さんのダイナミックな作品群がよく溶け込んでいました。本展は回廊状にぐるっと周回する独特の導線や、全7室すべて壁面の色が異なる背景などもあって、部屋をまわるたびに新鮮な光景が待っている、そんな特別感のある展示会場となっていました。
図録においても、展示室内の洗練された美しさを体感できるような写真が多数掲載されており、残念ながら展覧会に足を運べなかった人でもその雰囲気や各作品の大きさなどをリアルに感じることができるようになっています。
加えて、このB4版という大きめの判型が臨場感を高めてくれています。井田さんの作品は非常にカラフルで、かつ絵画も彫刻も迫ってくるような立体感があるので、写真のサイズが大きくなれば、その分迫力も倍増するようなインパクトがありました。
全ページを通して楽しめるのが、井田さんならではの大胆な筆使いやダイナミックな色彩です。ペインティングナイフやコテなど、様々な道具を駆使してカンヴァスに残された複雑なタッチを、大画面でじっくりと味わえました。色彩同士がカンヴァスの上で微妙に混じり合う様子などもしっかりと見てとれます。これらをほぼ完全に再現したカラー高精細印刷がとても素晴らしく、井田さんの作品を業界最高水準の紙面で堪能できるのは本当に贅沢だと思いました。
展覧会場には絵画だけでなく立体作品も展示があり、チェーンソーを用いて大胆にカットされた巨大な木彫作品がありました。井田さんならではの荒々しいチェーンソーによる木彫作品群は、どれもこれまでみたことのないユニークな形や表情です。図録に掲載された写真でも、ビビッドな色彩とともに、生々しく残る木の削り跡などが見事に再現されていました。
また、見逃せないのが絵日記のように日々の出会いや気づきがその日のうちに描き綴られた “End of today” シリーズです。井田さんの存在がお茶の間に広く知られたきっかけをつくった作品でもあり、過去に描かれた同シリーズの中の1枚が、実業家・前澤友作氏の手によって国際宇宙ステーション(ISS)に飾られたことはニュースにもなりました。
紙面上で1点ずつよく見ると、全ての作品の表現方法が違うことに気付かされます。過去の巨匠の作風を実験的に試みている作品、とにかく手を動かして新しい画風を模索しているような苦闘の跡、故郷の鳥取県日吉津や大山などが描かれた作品など、バラエティに富んだ作品群が楽しめました。京都展では大量に展示されていたので、一度に全部見きれなかった、という方は、本書で心ゆくまで時間をかけてひとつずつ鑑賞してみるのもいいかもしれません。
これまでも、井田さんにとって大切な個展が開催されるたびに画集が発売されてきましたが、今回の「Panta Rhei|パンタ・レイ―世界が存在する限り」は、国内初の個展ということもあり、御本人にとっても今現在の集大成と位置づけた重要度の高い展覧会だと改めて感じます。そういう意味でも、今回の図録は画期的な展示を丸ごと収録した貴重な記録資料にもなり得るはずです。
なお、本書は展覧会公式図録でありながら、展覧会場以外の書店・ネット書店などでも購入可能。展覧会が終了しても流通し続け、手に入れることができるのはうれしいところです。ぜひ、迫力のB4サイズで展覧会を疑似体験してみてください。
書籍情報
『YUKIMASA IDA PANTA RHEI -For as long as the world turns』
著/井田幸昌
定価14,300円(税込)
B4判/256頁
詳細はこちらから
https://www.shogakukan.co.jp/books/09682435
文/齋藤久嗣