小山評定での家康の台詞と細川ガラシャの悲劇

A:小山評定の場面で家康が〈皆の留守に屋敷に押し入り、妻子に刃をつき付けるような男に、天下を任せられようか〉という台詞を発していました。けっこう重要な台詞ですね。具体的には細川ガラシャのことをいっているわけです。劇中で細川ガラシャには触れられていないわけですが、小山に進軍していた武将らにとっては重要な話、敢えてこの台詞を入れ込むとは、なかなかやってくれますね。

I:伏見城での鳥居元忠の討ち死は、関ヶ原前哨戦の中でも特筆すべき悲劇でしたが、伏見城落城の十数日前には、細川ガラシャの悲劇もあったのですよね。

A:細川ガラシャ(玉)は明智光秀の娘で、光秀の盟友細川藤孝嫡男の細川忠興に嫁いでいました。この時は、大坂の細川屋敷に住まっていたのですが、石田三成が武将らの妻子を人質にとろうと試みた際に、それを拒否。キリシタンのため自害もできず、家臣の手で落命し、遺骸を敵方に渡さないために屋敷に火をかけたというものです。

I:父の明智光秀が本能寺の変を起こした際には、細川父子が味方になってくれるものと計算していたと言います。ところが、細川父子は光秀に味方しませんでした。そのため本能寺の変後に、細川父子は玉を幽閉したといいます。

A:大坂で発生していたガラシャの悲劇が小山まで伝わった 。武将らの「三成憎し」の感情がより高まったのではないかという場面でした。

西軍の大将、石田三成(演・中村七之助)。(C)NHK

書状で多数派工作

膨大な数の書状を書いた家康。(C)NHK

I:さて劇中では、家康が江戸にあって全国の諸大名宛に書状をしたためる場面が登場しました。

A:家康の書状は3700通ほど残っていますが、関ヶ原前後に発給された書状も数多く現存しているようです。面白いのは、書状は家康だけでなく、井伊直政ら家臣団からも数多く出されているところですね。徳川家総出で諸大名対策を行なっていたことがわかります。その一方で、石田三成から出された書状の残存状況は家康の足元にも及びません。

I:長野県の上田市博物館蔵の真田昌幸宛三成書状が有名ですよね。〈先ず 以て 今度の意趣 兼ねて御知せ申さざる儀 お腹立ち余儀なく候〉と挙兵のことを事前に知らせなかったことを詫びているところが印象的な書状です。

A:劇中では前田利長が家康、三成双方から届いた書状を比較する場面もありましたが、各地で同じような「選択」が行なわれていたのでしょう。

I:にもかかわらず、三成の書状があまり残っていないのは、敗者から届いた書状を残すことを憚ったのでしょう。逆に勝者家康から届いた書状は「宝物」のような扱いになったんですね。

A:ところで、小早川秀秋(演・嘉島陸)の場面で有名な陣羽織「猩々緋羅紗地違鎌模様(しょうじょう・ ひらしゃ・じちがい・かまもよう)」 が登場しました。南蛮から取り寄せた羅紗を使った色彩も鮮やか、背中に小早川の家紋「丸に違い鎌」をデザインした奇抜な陣羽織です。小早川秀秋は、秀吉正室の寧々(演・和久井映見)の実兄木下家定の五男ということですから、歴とした秀吉一門として豊臣秀次に次ぐ立場でした。

I:秀頼が生まれて、小早川家の養子になったわけですね。

A:このド派手な陣羽織に養子に出された秀秋の苦衷の思いが込められているように思うのですが、視聴者の方々はどのような感想をお持ちでしょうか。

I:陣羽織自体は東京国立博物館蔵ですね。美術スタッフの方々の仕事ぶりが目を引く場面にもなりましたね。

派手な陣羽織姿の小早川秀秋(演・嘉島陸)。(C)NHK

真田の場面を見て考えたこと

I:そして舞台は真田昌幸(演・佐藤浩市)に移ります。2016年の『真田丸』の記憶が新しいところですが、嫡男信幸(演・吉村界人)の沼田城に立ち寄ろうとした昌幸に対して、本多忠勝の娘にして信幸に嫁いでいた稲(演・鳴海唯)が立ちはだかります。

A:本作では、瀬名(演・有村架純)の幼馴染だった田鶴(演・関水渚)やお市の方(演・北川景子)などが甲冑姿で登場していました。今回は千代(演・古川琴音)も鎧を着て火縄銃を打っていますね。同じNHKで男女を逆転させた『大奥』をやっているので、当欄では、名だたる戦国武将をすべて男女逆転させたドラマを見てみたい、などと言ったりしましたが、今週の稲の姿を見て改めて思いました。

I:私は劇中で気になるやり取りがありました。三成や宇喜多秀家(演・柳俊太郎)が〈鳥居元忠……桶狭間を戦い抜いたと聞きます……〉〈桶狭間……昔話じゃな〉などと話していた部分です。確かに桶狭間からは40年の歳月が流れています。昔話といえば昔話……。家康絡みでいえば武田信玄(演・阿部寛)に大敗した三方ヶ原合戦からも27年……。石田三成が生まれたのが桶狭間合戦があった永禄3年というのも感慨深いですね。

A:今から40年前といえば、大河ドラマは『徳川家康』。朝ドラは『おしん』。首相は中曽根康弘氏という時代でした。任天堂がファミコンを発売した年で、レコード大賞は細川たかしさんの「矢切の渡し」でした。

I:そうした時の流れを把握すると、小山評定のあとで家康と平岩七之助親吉(演・岡部大)の昔語り、鳥居彦右衛門元忠が伏見城〈数えきれぬ仲間が先に逝った。土屋長吉、本多忠真、夏目広次……ようやくわしの番がきたんじゃ。嬉しいのぉ〉いう台詞が、より深く突き刺さってくるのですよね。

A:大国今川の配下で苦難の日々を送っていた三河勢が、天下分け目の戦に臨むまでに大きくなりました。その過程では正室瀬名、嫡男信康(演・細田佳央太)はじめ多くの人が犠牲になりました。

I:それを考えると、ジーンときますね。ドラマはクライマックスに向けて、どんどんスリリングな展開になってきています。いろいろな意味でジーンときます。

真田昌幸(演・佐藤浩市)、信繁(演・日向 亘)父子。(C)NHK

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。

●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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