壮絶な最期を遂げた鳥居彦右衛門を演じた音尾琢真さん。(C)NHK

A:『どうする家康』で鳥居彦右衛門を演じた音尾琢真さん。言わずもがなですが、大泉洋さん、安田顕さんなどが名を連ねる「TEAM NACS(チームナックス)」の一員にして、多くのドラマに出演している名バイプレーヤーです。私が音尾さんで特別印象に残っているのが、2013年の日曜劇場『とんび』。音尾さんは、内野聖陽さん演じる主人公の舎弟格の人物を演じていたのですが、その舎弟っぷりが見事過ぎて「この人凄い!」と思った記憶があります。

I:その思い入れのある音尾さんが鳥居彦右衛門を演じていたことで、Aさんは早い段階から、彦右衛門が登場するシーンでは目が潤んでしまうと言っていました。

A:鳥居彦右衛門と家康の別れの場面は、戦国史屈指の名場面。これまでも多くの小説やドラマで描かれてきたハンカチ必須のシーン。そのシーンを音尾さんが演じるわけですから、もう想像しただけで胸がジーンとしていたわけです。

I: その音尾琢真さんからコメントが寄せられました。まずは、クランクアップを迎えた際の感想をどうぞ。

次々と他の家臣団がクランクアップしていったので、いつか自分もと思ってはいましたが、いざ迎えてみるとやっと抜け出せたような、寂しいような……。

長いこと撮影していましたので、本当に終わったんだろうかと、実感が持てず不思議な気持ちです。でもこの作品に参加できて良かったなと、しみじみ感じております。

I:回が進むに連れて緊迫度が増して、ドキドキしながら見ている私ですが、音尾さんたち演者の方々と同じように、「もうすぐ終わってしまうの?」という寂しい気持ちにも襲われています。その彦右衛門ですが、劇中では、歩き巫女に扮した武田方の間者として登場していた千代(演・古川琴音)と結ばれ、伏見城にも千代の姿がありました。音尾さんのお話の続きをどうぞ。

役について学ぶ中で、武田家の女性をちゃっかり自分の奥様にしていたというエピソードは知っていたので、今作でも描かれるのかなと気にはなっていました。結果的に千代さんを妻にするという思いもよらない形で描かれました。当初は想定されていなかったそうですが、ある日突然、監督から「千代と結婚することになりそうなんですけど、彦さんどうですか」「武田の女性を見つけ出して妻にしたという言い伝えとジョイントした形にはなるんですけど……」と言われました。

相手がまさかの千代ということで、台本をいただく前はいつか寝首をかかれるのかなと想像しましたが、いざ台本が完成すると、彦さんは OK だけど周りの皆が反対するという形。なるほど、と思いました。このエピソードを描いてくれて良かったなと思いましたけれど、これは千代人気が高かったから再登場させたんじゃないか!? と個人的には訝(いぶか)しんでおります(笑)。

A:このくだりは解説が必要かもしれないですね。彦右衛門が武田方の重臣馬場美濃守信春の娘と結ばれたというエピソードは史書にも残されています。もともとその女性を探していたのは家康なのですが、彦右衛門は見つかったことを家康に知らせずに、ちゃっかり自分のもとに住まわせていたというものです。コメントの中で「ジョイント」と表現されているのは、武田の重臣の娘を武田方の間者だった千代に置き換えたということを言っているわけです。

I:千代は千代で「望月千代」というモデルとなる人物がいますからね。音尾さんがいうように、千代の人気が高かったので再登場させたのかもしれませんね。大河ドラマの歴史の中では、1965年の『太閤記』で高橋幸治さん演じる織田信長の人気が過熱して、出番が2か月も延びたというエピソードが語り継がれています。

血天井と彦右衛門の最期

A:さて、音尾さんのお話は、伏見城での場面に転じます。

伏見城の戦いと言えば、〈血天井〉をご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、配下の皆さんとともに戦い抜いて死ぬ、古風な時代の男らしさというか。壮絶で孤独なにおいがするイメージでした。でも今作では千代さんが側にいるので、妙に幸せなムードもあるというのが新しいなと思いました。

A:音尾さんが「血天井」に言及してくれました。鳥居彦右衛門が討ち死にした際に、伏見城の床板には夥しい流血跡が残され、手形や足形が残っている個所もあったといいます。後に家康はその惨状と彦右衛門らの忠義を顕彰するために血に染まった床板を京都の複数の寺院に下賜したそうです。床板を下賜された寺院側は「尊い床板」を踏むことなく保存するために天井板に転用し、今日まで残されたというわけです。音尾さんが血天井の話を出してくれたので、さしでがましいのを承知で言及しますが、彦右衛門の血で染まった足跡が残った伏見城の床板を描いて、紀行で血天井を紹介という展開でもよかったかなとも思っています。

I:ベタな展開ですから、そういうのは採用されないのではないですかね。その血天井ですが、京都市内の源光庵、正伝寺などに伝わっていますね。「彦右衛門の忠義」「その忠義の痕跡を後世に伝えようとした家康の思い」が凝縮された凛とした鎮魂の空間。心してお参りしたい場所です。さて、音尾さんのお話はさらに続きます。

伏見城で千代と最後に言葉を交わすシーンで、僕は遠くを見ていました。そのシーンの撮影後、監督から「あれはどういう表情だったんですか。殿を思っていたんですか」と聞かれましたが、改めて振り返ると「違うなぁ」と思って……。

武士として殿のために死ねるというだけで幸せなのに、隣をみたら千代がいて最期まで一緒にいられて更に幸せで。元忠さんにとっては、本当に幸せでしかない時間だったのかなと思いました。撮影が始まった頃には全く想像もしていなかった最期になりました。

元忠さんひとりで最期を迎えていたら、もっと混沌とした空気になっていたんじゃないかと思いますし、従来の戦国作品であればこういう描き方にはならないと思いますが、まだまだ幸せが続きそうとさえ思えるような、『どうする家康』ならではの新しい描き方になっていて良いなと思っています。

I:私は、このシーン、彦右衛門はイッセー尾形さんが演じた父鳥居忠吉をはじめ、これまでの合戦などで亡くなった人々に思いを馳せた瞬間なのかな、と思って見ていました。ちょっと違っていたみたいですね(笑)。

A:音尾さんにも、彦右衛門と家康の別れの場面にも思い入れがあった立場から、これまでこの場面での千代の登場に否定的な意見を言ってきましたが、音尾さんが「了」としているならば、「これもまたよし」ということにします。

I:さて、音尾さんは前週の第41回、家康との「今生の別れ」のシーンについても語ってくれました。

事前に台本を読んでいる時点では、お互い涙する場面なのかなと想像はしつつも、泣けるのかな……一気にそこまでいけるのかな……とひとりで考えていました。でも殿と予め読み合わせをして、目を見た時、「これは泣けるな」とすぐに分かりました。殿にもそう伝えると、「俺もやばい、泣く場面のもっと前から泣きそうでどうしよう」と言っていまして(笑)。

戦のない太平の世を成し遂げるまでは涙の別れはしない、という思いでやっていたと思いますが、すぐ泣きたくなっちゃうらしいので。あの撮影の間、殿も泣かないように頑張っていたそうです。

この作品を振り返ると、改めて殿って本当によく泣くなと思います(笑)。お芝居の中ですけど、松本潤という人は感情がピュアでよく泣けるというか。ストーリーの中にすっと入って涙を流される方で、いつもすごいなと思っていました。それがこのシーンでも表れていたと思います。単純にセリフとセリフをぶつけ合うのではなく、役としての気持ちと気持ちの交換がきちんとできる人なんだなと思っていました。

I:いい話ですね~。気持ちと気持ちの交換、魂と魂のぶつかり合いとでもいうのでしょうか。あのシーンに熱い熱い思いが込められていたんですね。なんだか涙が流れてきそうです。また見返したくなるお話でした。そして音尾さんは最後に「徳川家臣団」について語ってくれました。

家臣団のメンバー皆が、クランクインしてからずっと変わらず持ち続けていた共通の思いがあると思っています。それは、役として徳川家康という人を支えたいし、役者として松本潤さんという人を支えたいという気持ちです。それを、ひとりひとりが、それぞれのやり方で実行してきたという感じがします。誰もが自分勝手じゃなくて、自分が「こうしたい」「こう魅せたい」ということよりも、何より殿を支えたいという気持ちを持って作品に参加していたと思うので、それが素晴らしいし、良いチームだったなと思っています。

I:夏目広次役の甲本雅裕さん、石川数正役の松重豊さん、大久保忠世役の小手伸也さん、酒井忠次役の大森南朋さんらが、「松潤家康」について熱い思いを語ってくれました。〈何より殿を支えたいという気持ちを持って作品に参加していた〉という言葉はものすごく実感がこもっていて、うるうるしてきます。1回も欠かさず視聴してきてよかったな、と思わされる瞬間です。

A:後半戦に入って、家康の演技に重厚感が増してきました。私はもっともっと早くこんな家康が見たかったとも思ったりしますが、この家康を見ることができるのも残りわずかだと思うと、やっぱり寂しいですね。すべて見終わった後に、オンデマンドやCS等での再放送に触れる機会も出てくると思うのですが、そういう時にじわじわと胸にしみ込んでくる作品になったのではないかと思います。

I: 最終コーナーを必死で疾走する「家康の物語」。最後までしっかりと見届けたいですね。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。

●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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