文・絵/牧野良幸
NHKの大河ドラマ『どうする家康』もいよいよ終盤に入ったと思われるが、ここで重要な人物が登場した。豊臣秀吉の側室の茶々である。ドラマの前半で、茶々の母親であるお市を演じた北川景子がまったく違う性格の女性を演じている。面白くなってきた。
茶々は「日本三大悪女」の一人とも呼ばれ、いろいろなことが伝わっているが、一体どんな女性だったのだろう。気が強いところは確かにありそうだ。別の側面から見ればその行動は家族のため豊臣家のためとも思えるし、いろいろな説がありそうでわからない。
ただ茶々が波乱の人生を送った女性であることは確かだ。ということで今回は茶々を主人公にした映画を取り上げたい。
『茶々 天涯の貴妃(おんな)』である。これは2007年に公開された映画で監督は橋本一。井上靖の小説『淀どの日記』を原作としている。
茶々を演じるのは元宝塚の男役スターである和央ようか。和央ようかは宝塚を退団したあと本作に出演。これが映画初主演だったそうだ。確かに見終わってみれば、和央ようかにピッタリの役どころだと思った。宝塚で男役スターの頂点に立ったキャリアがきいている。こればかりは天性のものだろう。
茶々は浅井家の三人姉妹の長女である。浅井家は織田信長(松方弘樹)に滅ぼされ、父の浅井長政は自害。残された母のお市(原田美枝子)と三姉妹は信長に謁見するが、茶々は信長にたいしても物怖じしない。信長をして、
「いずれ天下を伺う女帝になるやもしれぬ、楽しみじゃ」
と言わしめるほどだ。
しかしこれは子役が演じている茶々である。成人した茶々を和央ようかが演じると、さらに一味違う茶々となる。
信長が本能寺の変で亡くなると、母のお市は信長の家臣柴田勝家と再婚。三姉妹も一緒に柴田家へ。しかしその柴田家は豊臣秀吉(渡部篤郎)に攻められ、勝家とお市は自害した。
母の希望もあって生きる道を選んだ三姉妹だが、その後次女の初(富田靖子)は京極家に、三女の小督(寺島しのぶ)は徳川家に嫁がされた。政略結婚である。そして長女の茶々は親のかたきである秀吉の側室に。
しかし茶々にしんなりしたところはない。和央ようかは顔立ちや立ち姿がリリしいのはもちろん、宝塚の男役で磨いた腹から出る声が強い意思をあらわしている。茶々のセリフひとつひとつにオーラが漂うかのようである。
秀吉との最初の子ども鶴松が病死するシーン。秀吉にその責任をなじられても、茶々は黙っていない。
「わたくしがすまぬと思うのは、我が子をこの母の手に抱かれることもなく一人で死なせたこと」
雨に打たれながら言い争う秀吉と茶々は決闘をしているかのようだ。つまり“男前”の茶々なのである。
極めつきは茶々が鎧をつけた姿だ。これは映画がクライマックスへと向かうところ。天下は家康のものとなり、豊臣家は家康によって滅ぼされる時がきた。いわゆる「大坂夏の陣」である。
茶々は自ら馬に乗り、大阪城攻撃のために陣を構える家康のところに向かう。『どうする家康』と違って、この映画では徳川家康(中村獅童)も家臣の本多正信(松重豊)も冷酷な武将である。
が、その家康でさえ茶々の鎧姿を見るや言葉が出ない。後ろに控える正信は「なんと!」と驚く。見ている僕も「なんと!」と驚いてしまった。
西洋風の鎧を着た茶々はまさに勇者の姿だ。『ベルサイユのばら』のオスカルが頭をよぎる。茶々が鎧を身につけ馬に乗って家臣を激励した逸話は残っているが、映像がここまでサマになるのは和央ようかだから。
「わたくしは、大阪城を出るつもりはない!」
茶々は家康の面前でそう告げると踵を返す。一緒に息子であり豊臣家の主君である秀頼もいるのだが、さすがに目立たない。
茶々は大阪城に戻ると、豊臣の軍勢に馬上から告げるのだった。
「勝利を信じ、生き抜く者だけが、われとともに戦え!」
そして
「この城は我らの死に場所にあらず、生きる場所なり!」
「おーっ!」
この茶々にはジャンヌ・ダルクを重ねてしまった。しかし和央ようかの茶々は男前なだけではない。女性らしい面も多く描かれている。
三姉妹の長女として初と小督を気づかう茶々。そして母親としての茶々も描かれる。茶々の波乱の人生は女性としてたくましく生きてきた人生でもあった。
大阪城が落ちる時、茶々は自害する。天守閣もろともこの世から消えるという壮大な仕掛けだ。その瞬間、茶々をひざまづかせることに執着していた家康は「負けたぁ〜」と肩を落とすのだから、茶々は死んだというより家康の手の届かないところへ旅立ったのかもしれない。
そこには優しかった母が待っていた。母の胸元に飛び込んだ茶々にようやく安らぎがおとずれたのだった。
2時間ほどの映画なのに、まるで大河ドラマの全話を見たような充実感があった。『どうする家康』の放送の合間にこちらの茶々もご覧になってはどうか。
【今日の面白すぎる日本映画】
『茶々 天涯の貴妃(おんな)』
2007年
上映時間:128分
監督:橋本一
脚本: 高田宏治
原作:井上靖『淀どの日記』
出演:和央ようか、富田靖子、寺島しのぶ、高島礼子、
松重豊、中村獅童、渡部篤郎、松方弘樹、ほか
音楽:海田庄吾
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp