文・絵/牧野良幸
大河ドラマ『どうする家康』、第25話では家康の妻瀬名(築山殿)と息子の信康の自害が描かれて注目度も高かったようだ。いわゆる「築山事件」「信康事件」である。
僕は以前書いたように、家康と同じ岡崎出身ながら家康の歴史には詳しくなかったので、この回はショッキングであった。妻と息子を同時に失うのだから、確かに家康の人生の中でも重大な出来事だ。
これに興味を持ったので、同じ題材を扱った映画がないかと探したら、一つ見つかったので、今回はそれを取り上げてみようと思う。
1961年(昭和36年)に公開された東映の『反逆児』である。監督と脚本は伊藤大輔。今日の研究と違うところがあるかもしれないが、ここでは映画にそって物語を追ってみたい。
主人公は徳川家康の嫡男、松平信康(中村錦之助、のちの萬屋錦之介)である。
信康は岡崎領を統治する若き武将だ。家臣からは慕われ、戦術にもたけている。その才能は織田信長さえ危険に思うほどであった。
映画はそんな信康が、嫁と姑の板挟みとなって悩み苦しむ様を描く。それがやがて悲劇につながるのだ。
信康の妻は、織田信長の娘である徳姫(岩崎加根子)。信康の母は築山殿(杉村春子)である。築山殿は夫の家康と別居し、城下の「築山」という所に暮らしている。それで築山殿と呼ばれるわけである。
大河ドラマでも「築山」が重要な場所となっていた。有村架純の演じる瀬名(築山殿)も毎回気になったが、岡崎で生まれ育った僕としては「築山」は岡崎のどのあたりなのだろう、と気になっていた。岡崎城や大樹寺などは知っていても「築山」という地名は聞いたことがなかったのだ。
それで第25話が放送された機会に「築山」を調べてみたら、なんと僕の実家の近所らしい。驚いた。そのあたりは河岸段丘の途中で、平地もあれば坂も多い場所。岡崎で暮らしていた頃は登校や友だちの家に行くときに歩いていた。あのあたりに築山殿の屋敷があったのか……と何百年も前の風景を思い浮かべた。これも歴史の面白さ、大河ドラマに感謝したい。
話を映画に戻そう。
この映画の築山殿の屋敷は大河ドラマのそれと違って、かなり大きなお屋敷である。お城のような作りで庭も広い。東映時代劇の豪華なセットだ。
築山殿を演じるのが杉村春子というのも、この映画の見どころだ。なにせ日本映画を代表する大女優だから存在感がハンパではない。家康の正妻としての威厳はお釣りが来るほどある。スクリーン上でのオーラは信康はもちろん家康や織田信長さえしのぐ。
築山殿はいきなり妖しげな祈祷のシーンで登場する(大河ドラマの方は忘れてください)。妊娠している息子の嫁、徳姫が男子を産まないように毎晩祈っているのだ。後日、徳姫が産んだのが女の子だったことをわびると、
「女の子で結構ではないか。ほしいとあらば、いつでももうけられる。そなたが心配しなくともな……」
と皮肉を言う。自ら探してきた側室のことをさしているのだろう。しかし徳姫も負けてはいない。なんといっても織田信長の長女なのだ。そして徳川は信長の配下だ。
「はははは! 謹んで承りました」
もう火花がバチバチである。
こうなると二人の矛先はどうしても信康に向かう。ちょっと聞いてよ、というわけである。徳姫は、
「ただいま築山殿から……」
「“母上”と申し上げたらよかろう」
「わたくしも織田家の姫として……」
「待て! 夫婦の話に織田殿のお名前を出すのはなかろう。俺も切ないが、どうあろうとも母は母じゃ」
夫婦の溝は埋まらない。築山殿からも、
「夫には見限られ、嫁には見下げられ。わらわは不幸せではないか?!」
「母上……」
「たった一人、そなただけが、わらわの味方じゃ。誰にもやらん!」
夫が嫁と姑の板挟みになる。これは昔も今も変わらない図だ。しかし戦国武将の嫁と姑となるとさすがにスケールが違う。
築山殿は徳姫、信長、そして夫の家康までも呪殺しようとする。白装束の築山殿が頭にロウソクを立てて、藁人形に釘を打つシーンは不気味である。この映画の公開時僕は三歳だが、もし映画館で見たら『大魔神』を見た時のように目をつぶったことだろう。そういえばこの映画の音楽は『ゴジラ』の作曲家伊福部昭である。音楽も腹にこたえる。
信康と築山殿の悲劇は、信康夫婦の喧嘩から始まった。徳姫は夫婦喧嘩の腹いせに、父信長へ、夫の悪行を書き連ねる。さらに築山殿が敵の武田と通じていることも書く。これを読んだ信長は、家康に信康と築山殿の処分を命じた。
家康は悩んだ。この映画は『どうする家康』とはかなり違うテイストだが、家康は松本潤の家康に近い。佐野周二の演じる家康も『どうする家康』タイプの家康なのだ。もちろん家康の下した結論は歴史の通りである。
「わしが恐ろしいのは信長ではない、徳川の家をつぶし、三河の地を失うことが恐ろしいのじゃ」
築山殿は船で連れていかれ、その先には死が待っていることが予測される。信康も切腹を命じられる。母と子、二人の叫びが映画が終わっても耳から離れない。60年以上前に制作された映画だが、築山殿と信康の悲劇は見る者の心を打つ。そこも『どうする家康』と同じである。
【今日の面白すぎる日本映画】
『反逆児』
1961年
上映時間:110分
監督・脚本:伊藤大輔
出演:中村錦之助 (萬屋錦之介)、杉村春子、岩崎加根子、佐野周二、ほか
音楽∶伊福部昭
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp