髪型も印象的だった大鼠(演・松本まりか)。(C)NHK

ライターI(以下I):『どうする家康』第38回では、肥前名護屋城で秀吉(演・ムロツヨシ)の朝鮮渡海を阻止するために服部半蔵(演・山田孝之)と服部党が動員されました。

編集者A(以下A):大河ドラマ云々は別にして、服部半蔵と家康(演・松本潤)のやり取り、そして久しぶりの大鼠(演・松本まりか)の登場の仕方が絶妙でしたね。

I:素晴らしい演出でした。山田孝之さんと松本まりかさんの存在感って中毒性がありますよね。「あれ、もう大鼠は出ないのかな?」と思っていたタイミングでしっかり着地してくれました。その大鼠を演じた松本まりかさんからコメントが寄せられました。まずは、クランクアップした感想です。

実は、「明日クランクアップです」と前夜に突然言われたんです。いまだに実感が湧きません(笑)。オリジナルキャラクターとして、作品の大事なシーンに立ち合わせていただき、役者さんたちの凄さをまざまざと体感できる有意義な時間を過ごせました。1年間同じ役を演じるということもなかなかないですし、やっぱりもっと居たかったですね(笑)。

I:「もっと居たかった」ということですが、視聴者からすれば「もっと見たかった」ということになります。

A:当欄では都度都度「スピンオフを制作してほしい」といったことを言ったりしますが、これまで一度も願いがかなったことはありません(笑)。ただ、服部半蔵と大鼠のスピンオフはなんとか実現してほしいですね。

I:松本まりかさんのお話はさらに続きます。オリジナルキャラクターである大鼠を演じることの難しさについて語ってくれました。

誰もが知る徳川家康を題材にした作品で、歴史的に有名な人物が沢山出てくる中、大鼠は数少ないオリジナルキャラクター。〈遊べる〉役であり、正解がなく想像力を求められる役でした。戦続きではりつめた戦国の空気を、少し緩ませる役も担っていると理解しつつ、(脚本の)古沢良太さんがどういうキャラクターを目指して描かれたのかなというのを、少ない手がかりから辿って考えていくのは、面白くも難しくもあり、とてもやりがいがありました。

物語が進んでいくうちに、大事なシーンを締めるコミカルな〈大オチ〉を 半蔵と任される場面が出てくるようになったり、「大鼠ってこんなこと言うんだ」と私も予想していなかったようなセリフも出てきたり。とにかく必死で、毎回シーンがくるたびに「こんな一面もあったの!」と思いながら、食らいついていった感じです。

きっと大鼠は、普段は農業で自給自足の暮らしをしながら、密かに忍びとしての技術を磨いている人。身よりもなく、きっと家もなくて、今日食べるものがあるかどうか、生きるか死ぬかの生活をしている。この作品の中では、戦国時代当時の一般庶民の代表のような人でもあり、とても貧しい暮らしだったと思います。最初はまず大鼠がどういう生い立ちだったのかというのを教えていただいたり、自分でも考えたりしながら演じました。特に始めの頃は、どんな環境で生きていたのかを想像する作業をしていました。

I:最後の部分って、家康家臣団の演者、松重豊さんや小手伸也さんが言及していた「裏設定」ということですよね。脚本には書いていない背景をかみ砕いたうえで演じるという。なんだかゾクゾクしてきますね。家康家臣団だけではなく、大鼠まで波及していたとは! そして、松本さんは続けて山田孝之さんとの共演についても話してくれました。

山田さんとは23 年前、中学生の頃出会っているというのもありますが、何より人としての信頼感は絶大なるものがあります。でも数多く共演してきた訳ではないですし、こんなに長期間、しかもバディという役どころで組むのは初めてでした。

一緒にやってみると、やはり凄いなと思います。芝居をする中で、彼の感性、感覚、面白さ、ユニークさ、発想には、静かに刺激を受けていました。

半蔵と大鼠は似ている部分もあれば、ボケとツッコミ、凸と凹のような相反する面もあるので、山田孝之という人が演じる半蔵に対して、大鼠はどういうスタンスでいたら面白いか……というのを考えながらやっていました。

半蔵とのシーンで特に印象に残っているのは、第6回(「続・瀬名奪還作戦)」、半蔵が「服部党は改めて殿のお抱えとなった」と服部党に言いに来るけど、皆半蔵の話は全く聞かずおにぎりに夢中になっているというシーン。クランクインの日に撮影した記憶があります。監督が近付いてきて、こそっと「アドリブを入れて」「半蔵のお尻を叩いてみて」と(笑) 。本人には内緒で、タイミングをはかって本番でバーンとお尻を叩いてみたのですが、さすが、半蔵として凄く面白く返してくれました。突然だったのでびっくりしたとは思いますが、その後、本人には特に「怒った?」とも聞いてないです(笑)。

撮影初日ということもあり、大鼠をこれからどう作っていこうかと悩んでいましたが、あのシーンで皆さんがふたりの関係の面白さを見つけてくださった感じがします。半蔵と大鼠の関係性は、あそこから広がっていったんじゃないでしょうか。

A:おにぎりのシーンは覚えていますね。確かに山田孝之さんの演技が絶妙で、印象に残る場面でした。そうか、あの場面が松本まりかさんの撮影初日だったんですね。このコメントに触れて、さっそく第6回をもう1回見てみました。この話を聞いた後なので、なんだか笑っちゃいましたね。

I:さて、松本さんのお話は、出演回の中でもっとも印象に残っている場面に続きます。

やはり第 25 回で瀬名を介錯するシーンですかね。反響も想像以上に大きく、とても心に残っています。

瀬名の最期を描く大事なシーン。大鼠は瀬名とほぼ会ったことすらなかったので、初めて台本を読んで大鼠が介錯すると知った時は驚きました。半蔵が信康(演・細田佳央太)を、大鼠が瀬名を介錯しましたが、私たち忍びがなぜやるのか。その意味を見つけることが重要だと感じました。

このふたりに大事な役目を預けた古沢さんの意図が絶対にあるはずで、それをキャッチできないと演じられないですし、あの素晴らしい台本を自分が壊すようなことはしたくないなと思いながら、悩みました。殿と瀬名が積み上げてきた歴史もみていないのに、あの場にいていいのか、どういう心情でいたらいいのか。でもかといって、感情的になるのも違うし……と。

でも自分なりに意図を読み取れた時、脚本の素晴らしさを改めて感じたんです。殿と瀬名をずっとそばで見てきた家臣団は、とてもじゃないけど瀬名の介錯なんて出来ない。逆に適度な距離感をもった半蔵と大鼠だからこそ、最期を見届けられるんじゃないかと。

あの日の撮影は、第25回まで積み上げてきた殿と瀬名と家臣団とスタッフさんたちの思いをすごく強く感じられて、いつも以上に熱い空気が流れていました。

瀬名が振り返って「介錯を頼む」と言った時に初めて目が合ったのですが、その目を見た時もう一度彼女の顔を見て確かめたくなりました。それで、再度顔を覗く動きが生まれて……。瀬名の表情、目から、本気なんだと確信することが出来て介錯する覚悟ができたというか……。あの瀬名の目がなければ私はしゃがんでもう一度目を見に行くこともなかったですし、介錯できる気持ちにはならなかった。そこまでの瀬名や殿や家臣団のお芝居があったからこそ、たまらなくなって土下座に至ったんだと思います。

土下座も台本にはありませんでしたが、介錯した後、そのままその場に居続けることはどうしても出来なくて、思わずひれ伏しました。皆さんの芝居に動かされていったシーンでした。

I:こういう後日譚、なんだか涙が出てきますね。なんだかんだいって感動の場面ではありました。大鼠がひれ伏す場面に、こんな背景があったとは。この場面は、総集編でも入ってくる場面かと思いますので、必見ですね。最後に松本さんは視聴者に向けてのメッセージを発してくれました。

大鼠というオリジナルキャラクターを皆さんがそれぞれに解釈して楽しんでくれたり、たくさんの反響や感想をいただいたことが私の支えになっていました。大鼠が、いいスパイスになれていたら嬉しいです。これまで自分が演じてきた役とは全然違うキャラクターで、非常に悩んだ役でしたけれど、この1年間、キャストやスタッフの皆さんと過ごした時間というのは、本当に有り難くて、貴重な時間でした。改めて、本当にありがとうございました。

史実からさらに想像をふくらませた『どうする家康』の世界が、私は大好きです。物語はこれからまだ 10 回続きますので、ぜひ引き続き楽しんで頂けたら嬉しいなと思っております。

A:しつこいようですが、半蔵と大鼠を主人公にしたスピンオフ、検討してほしいですね。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。

●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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