文/鈴木拓也

「番付」といえば、本来は力士の順位表を指すが、「一本桜番付」「牛肉番付」「ヒット商品番付」など、さまざまなモノのランキングにも使われている。

何かを格付けして発表するのは、日本人の専売特許ではもちろんない。が、われわれはこれがとりわけ好きな印象を受ける。

遡って江戸時代、政界から市井にいたる随所に、現代以上に格付が浸透していた。それは、多くの場合、秩序を守るために必要な制度であったという。

そうした当時の格付の実態を1冊の新書にまとめたのは、文筆家の加唐亜紀さん。歴史家の安藤優一郎さんの監修のもと、『江戸の格付事情』(MdN新書)として刊行された。

大名ですら格付に縛られていた

本書で大きな割合を占めるのが、将軍・大名にはじまる武家社会の格付だ。現代人の感覚からすれば、窮屈すぎるのではないかというくらい、ガチガチに格付がなされていた。

この世界のヒエラルキーの頂点に立つのは、いうまでもなく征夷大将軍で、その直下には大名がいた。大名とは、1万石以上の石高を与えられた武士を指した。将軍と主従関係を結んでいても、1万石に満たない武士は、幕臣と呼ばれた。幕臣は、旗本と御家人に分けられ、前者は将軍にお目見え(面会)できた。そして、旗本と御家人のなかでも、家柄によって上下関係が存在し、就ける役職はそれで決まった。その下には、若党、足軽、中間(ちゅうげん)がいた。さらに、人件費節減のため、江戸城の登城時などに臨時で雇われる者もいて、そのときだけ武士という扱いであったという。

明治維新期で260人ほどであった大名だが、大名の間でも家格による格差があった。家格の低い者が、そのことを特に思い知らされるのは、江戸城での将軍との謁見のときである。謁見を待つ間、殿席(でんせき)と呼ばれた部屋で待機することになっていたが、これが家格に準じて決められており、好き勝手に部屋を移動することはできなかったという。時間が来ると会場に移るが、そこでも序列が存在した。家格の高い大名から、将軍に近い位置に座り、「それもどの畳の、畳の目いくつの場所と厳格に決められていた」そうだ。

一方で幕臣には、幕府から受け取る俸禄(給与)面の格差があった。俸禄はおおまかに、知行(土地)、米、現金と3種類あり、格式が一番高かったのは知行である。そのため、知行をもらうのは、主に石高の多い大身と呼ばれる旗本であった。その下のクラスは、年に3回に分け、米でもらった。米は結局、現金に換えるが、その手間を代行してくれる札差という商売人がいた。札差はやがて、これからもらう米を担保に現金を高利貸しするようになった。その借金がかさんで困窮する幕臣たちが続出し、多くの者が内職に手を染めた。御家人たちは、与えられた屋敷に集団で住んでいて、皆で内職をしたため、「青山の傘、御徒町の朝顔など、各エリアの内職品がその地の名産となっているケースも多かった」という。

さまざまな格付があった庶民の職業

格付やそれに類した制度が適用されるのは、庶民も例外ではなかった。医者、学者、絵師、役者など多くの職が格付されたことが、本書で解説されている。

個人的に興味深かったのは「盲人」だ。当時は、目を病んで盲人になる人は少なくなかった。彼らは、三味線や琵琶などの演奏者として、あるいは鍼灸・按摩師として日銭を稼いだ。盲人たちの互助組織として「当道座」が結成されたのは戦国時代だが、江戸幕府は引き続きこれを公認した。

その当道座にも、位階によるランク付けがあった。一番の下位は座頭で、勾当(こうとう)、別当(べっとう)、検校(けんぎょう)と上がっていき、それぞれがさらに細分化され、73もの階層になっていた。それに応じて、携えている杖の頭の形が異なっていた。盲人たちが出会ったときは、手で杖の形を確認し、相手の位を確認したという。

この位階だが、昇進試験があるわけでなく、代わりに金で手に入れることができた。最高位の検校ともなると、「なんと七百九十両(九千四百八十万円)もしたらしい」とあり、そうそう手が出る金額ではなかった。

なんでも格付するブームが到来した江戸後期

江戸時代の後期になると、力士の番付を模して「見立(みたて)番付」が刷られるようになり、出版事業の隆盛に伴って大ブームを巻き起こした。

どんなテーマの見立番付が人気を博したかは、地域差があった。例えば大坂では、長者番付や各地の名産物をランク付けした「大日本物産相撲」などが人気で、経済の中心、天下の台所という土地柄をうかがわせる。江戸では、「江戸じまん名代名物ひとり案内」「江戸前大蒲焼」といった名店の紹介が多い。江戸っ子たちは、わりとグルメであったようだ。また、温泉人気を反映して「諸国温泉効能鑑」という見立番付も発行された。この温泉ランキング、東西で分けており、東のトップは草津温泉、西のトップは有馬温泉。トップ以下も、現代でも名湯とされている温泉が並ぶ。

こうした見立番付は種類が多いだけに、中には変わり種もある。「いらぬものといらぬこと」を記した番付では、去年の暦、大食大酒、喧嘩の野次馬、居候などが取り上げられている。また、難攻不落の城をランク付けした「籠城競」や、戦国期に手柄を立てた武将を載せた「高名功名手柄鏡」など、歴史好きをうならせるような見立番付も出た。

著者は、「日本人はとてもランキングが好きな国民」で、「江戸時代にはすでにその萌芽を見ることができる」と書いている。21世紀に生きるわれわれには、江戸時代は遠い昔の別世界に感じられるが、一部は地続きなのである。そんな思いに浸らせてくれる1冊であった。

【今日の教養を高める1冊】
『江戸の格付事情』

安藤優一郎監修
エムディエヌコーポレーション(MdN新書)

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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