鹿島 茂(フランス文学者)

─19世紀フランス、消えゆく時代の記憶をたどり古書をひもとく─

「古書コレクターは世界中にライバルがいる。勝つには長生きするほかない」

自身が集めた膨大なフランスの古書を前に、コレクター人生を振り返る鹿島茂さん。「本を買ったお金を返すために、必死に文章を書いた」と笑う。

── 凄まじい古書コレクションですね。

「よく“何万冊お持ちですか?”と聞かれるんですが、本が溢れかえっていて、本人もわかっていない。いくつか貴重な古書は、美術館などに預かってもらっています。まだユーロが導入される前、1フランが15〜25円の時代にフランスで買ったものが多いのですが、いい時代でした。日本円に対するお金の価値でいうと、現在の6分の1から7分の1です。オークションで絵入り新聞50年分を落札して日本に送ってもらったら、“2トンあるから通関手続きをしろ”と通知が来ました。木箱解体用のトンカチとバールを手に、横浜港まで本を受け取りに行きました」

──なぜ、そこまで古書を集めるのですか。

「早くからコレクターになったわけではないんです。32、3歳の時に、フランスの近代史家ルイ・シュヴァリエの『歓楽と犯罪のモンマルトル』を訳したのがきっかけです。ぼくは完璧主義者なところがあって、本に書かれているこの時代の風俗や習慣を突き止めたくなる。登場する固有名詞の意味もきちんと調べたいし、当時のカフェの様子やキャバレーの場所も知りたい。神田神保町(東京)の古書街にある『田村書店』に立ち寄ったところ、そこで19世紀のフランスの本に出会ってしまった」

──何という本ですか。

「『パリの悪魔』という題名の雑文集です。バルザックをはじめとする何人もの作家たちに、当時のパリの風俗をルポルタージュ風に描かせていました。木口木版画の挿絵も美しく、たちまち魅了されました。鮫肌のように表面が粒々になったシャグラン革で装幀されていて、その深緑色の革の手触りも良かった。ヨーロッパではつい最近まで、本は仮綴じのまま出版され、購入した蔵書家が各自の好みで革や布で装幀していました。なので一冊ごとに、装幀が異なるのです。同じ本でも装幀によって古書の値段が変わります。この時の『パリの悪魔』の値段は15万円。ほぼぼくのひと月分の給与です。もちろん買えませんでした。でも、この時の出会いがその後を決めてしまったんでしょう。ほどなくして、フランスのパリに在学研修で行くことになり、金もないのに買いまくったというわけです」

──古書集めが始まった。

「実はフランスでは、古書集めは難しくない。フランスの新刊在庫目録を見ると、100年前の本が掲載されているんです。日本と違って、売れ残った書籍を細断処分しないから、そのまま残っている。19世紀の本も在庫があるかぎり、新刊という扱いなんです」

──まだ注文できるのですか。

「そう。驚くことに、注文すると、19世紀の本が新刊本として届くんです。昔の本だから安い。当時の値段のままだから。それで面白そうな19世紀の新刊本を片っ端から買っていったんです。そうすると、やはり古書にも目が行くようになります。こちらは安くない」

──お財布的には大変です。

「自慢することじゃないけど、一時、典型的な多重債務者でした。古書の衝動買いを続けていったせいで、各銀行のローンカードやクレジットカードが10枚以上、財布に収まっていましたから。当時はバブルだったので、ぼくにもたやすくお金を貸してくれたんです。で、こっちはいい気になって借りる。総額は恥ずかしくて言えません。でもいくつかいいことがあって、お金を返さなくちゃいけないから、物を書くようになったんです。もし、ぼくがお金持ちだったら、きっと何も書かなかっただろうと思います。コレクションしているほうが快楽的ですから。貧乏コレクターだったからこそ、必死に物を書いたし、大学で教えたりもしたんです」

──本を買うために、本を書く。

「本を書くには、結局、いろいろと調べなくちゃいけなくて、また本を買ってしまう。悪循環ですね」

──どんな本を集めているのですか。

「ぼくが気になるのは、“消えてゆくもの”です。例えば、新宿や渋谷の街を思い浮かべてください。久しぶりに行くと、いろいろな建物が建て替わっています。昭和の渋谷の中心は百軒店で、あそこには映画館が3軒もあって、ストリップ小屋も存在した。でも建物がなくなってしまうと、その時代の記憶も消えてしまう。19世紀から20世紀のフランスは、モダンという概念が出てきて、美学の価値観の転換がおこります。19世紀のフランスの風俗から“消えてゆくもの”を古書で知ることは、こうした時代を捉えることでもあるのです。特に参考になるのは、文学書よりも、当時の旅行ガイドブックや絵入り新聞です」

──初版本が高額で取引されると伺いました。

「初版本を狙って集めることはありません。ぼくが関心を持つのは、当時の風俗。中でも挿絵は重要な情報で、絵を見ると当時の状況や物の細部がよくわかる。こうした挿絵は、初版にはほとんどなく、再編集された2版や3版に載ります」

「19世紀のフランス文学を研究していると、そこに描かれている細部が知りたくなる。例えば街灯がどう吊るされていたかとかね」と鹿島さん。挿絵にはその情報が詰まっているという。

「家にはまったく本がなかった。だから書店に通い詰めた」

鹿島さんが開設した国内随一の書斎スタジオ「ノエマ・イマージュ・スタジオ」(東京・渋谷)にて。書架には何千冊もの19世紀フランスの古書が並ぶが、すべて鹿島さんの蔵書だ。

──小さい頃から本好きだったんでしょうね。

「意外に思われるかもしれないけど、家にはまったく本がなかったんです。家は酒屋でした。代々商人の家です。父が日本経済新聞をとっていたので、その最後の紙面の『私の履歴書』を読んでいました。鉄鋼王と称された大谷米太郎とか、元首相の田中角栄とか、彼らの人生が興味深くてね。今も、経営者をテーマにした本を書くのは、その時の名残かもしれない」

──本はないけど、活字は好きだった。

「活字中毒であったのは、そうかもしれないな。家の隣が本屋で、本屋といっても雑誌しか置いていない店だったんですけど、小学生の頃は、そこに行っては店の雑誌を立ち読みしていました」

──どんな雑誌ですか。

「そこにあるものは全部。漫画雑誌を読むのは当然で、『ベースボールマガジン』や『ザ・リング』といったスポーツ系に『スクリーン』や『映画の友』といった映画系。『主婦の友』や『主婦と生活』も読みましたよ。主婦向け雑誌には身の上相談が載っているのですが、これがなかなかエッチでね。『平凡』や『明星』といった芸能系も欠かしませんでした。いっとき、“昔の芸能人のスキャンダルに日本一詳しい物書き”って自称してたんだけど、そりゃそうですよね。あらゆる雑誌に目を通していたんだから」

──文字通り、あらゆる雑誌ですね。

「小学校高学年の頃だったか、読書感想文の宿題が出ましてね。さっきも言ったように、家に本がない。叔父が購読していた『航空情報』という専門誌に、ロケット王と呼ばれたフォン・ブラウン博士の伝記が載っていたので、それを読んで感想文を書いたんです。そしたら先生に“こんなの、感想文じゃない!”と怒られて。そうですよね、雑誌の記事を基にして書いたんだから。この話には続きがあって、中学生の時に、また読書感想文の宿題が出たんです。仕方がないから、隣町の本屋まで本を買いに行った」

──本との出会いですね?

「そこの本屋のおやじさんが商売上手なのか、それとも教育熱心なのか、“どんな本がいいか”と尋ねたら、“今度、文学全集の刊行が始まるから、それを読みなさい”と言ってきた。筑摩書房の『現代文学体系』全69巻でした。毎月配本される文学全集です。今まで、文学作品を読んだことがなかったから、これが読むと面白い。雑誌の立ち読みのお陰で、活字を読むスピードが身についているから、読むのが速いんです。全集に載っている作品を、片っ端から読みました」

──文学少年の誕生です。

「高校生になっても続きました。図書館に行き、そこにある各社の文学全集を読破しました。たしか3社の世界文学全集があったのかな? 日本の文学全集だけでなく、世界の文学全集を読み始めたのもこの頃です。フランスの大河小説『チボー家の人々』やトルストイ、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』。こうした名作に高校時代に出会ったのです。

読んでいた全集の中に、サルトルの『嘔吐』が入っていました。『嘔吐』に、毎日決まった時間に図書館に来て、アルファベット順に本を読んでいく独学の男が登場します。その気持ちがわかりました。ぼくも似たようなもので、図書館の棚の本や文学全集を順番に読んでいました。当然、中には面白くない作品があるのだけれど、それだけを飛ばして進むのが気持ち悪い。例えば今これを読んでいる人の中に、『サライ』を創刊号から保管している人がいるかもしれないけど、数冊でも抜けていたら嫌だろうと思うんです」

小学1年生頃の鹿島さん。近所のお店の前で、2歳年下の妹と一緒に。この頃は、家の隣にあった雑誌ばかり扱う書店で、子ども向けから主婦向けまで、書店中の雑誌を読みふけっていた。

「ひとつでは分からないことも、網羅すると見えてくることがある」

──コレクター的発想ですね。

「そう考えると、一種のコレクター癖なんでしょうね。文学全集のリストから、“これは読んだ”と消していくのが快感でしたから。映画も好きで、中学から観始めたけど、好きな映画を何度も観直すということはしません。同じ時間を費やすなら、別の作品を観たい。読んだリスト、観たリストが長くなるほうが嬉しいわけです。18世紀末のフランスでは、ディドロやダランベールが20年以上かけて『百科全書』という大規模な百科事典全28巻を完成させました。知識を網羅しています。ディドロらを百科全書派といいますが、彼らに非常に親近感を感じます。網羅する、というのがいいですね」

──ご家族のご理解は?

「もちろん、妻も3人の子も、内心いろいろと思うところはあると思いますよ。子どもが小さい時分は、家族旅行をしても行き先が古書店でしたから。ただイラストレーターをやっている妻(岸リューリ)が絵本にはまりまして。絵本の蒐集家でもあるんです。だから理解がある。たいへんなのは古書の管理です」

──保管が大変そうです。

「私の蒐集している古書は、革の装幀本が大半です。革ですからね、乾燥するとひびが入る。だから一冊ずつ、油を塗り込むんです。これが、なかなか手が掛かります」

──それでも集める。

「ひとつだけではわからないことでも、たくさん集めたり、網羅したりすると見えてくることがあります。新しい価値が発見できるんですね。ぼくがやってきたこと、これからもやりたいことは、人々が気づいていないことの中に価値を見いだすことです。ぼくが集めているのは、19世紀のフランスの本ですが、そうすると、この時代の視点でものを見ることができるようになる。19世紀のフランス人が、現在の渋谷を見たら何と思うか、とかね。古書を浴びるように読んだことで、間違いなく、ものの見方が多様になりました」

──コレクターとしての今後の目標は。

「古書コレクターは不思議な世界で、ライバルが世界中にいるんですね。ライバルに勝つには、極論をいえば、長生きするしかありません。亡くなれば、遺品オークションで市場に出ますから。ヨーロッパでは遺品オークションが盛んで、美術品だけでなく、蔵書や家具にいたるまで、すべて売りに出すんです。ぼくの場合ですか? ぼくがいなくなったあとも、『鹿島文庫』として残してくれれば、嬉しいですが、オークションに出して市場に還元するのもありかと思います」

東京・神田神保町の古本街を散策する鹿島さん。共に神保町界隈にある共立女子大学や明治大学で教鞭をとっていた鹿島さんにとって、この街は馴染み深い。
その神保町にある、行きつけの洋書古書店『田村書店』。店員とあれこれと古書談義をするのも、古書店の愉しみ方のひとつだ。

鹿島 茂(かしま・しげる)
昭和24年、神奈川県生まれ。フランス文学者、評論家、元明治大学教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。古書コレクターとしても知られる。平成29年、書評サイト「ALL REVIEWS」を開設。著書に『子供より古書が大事と思いたい』(講談社エッセイ賞)、『パリ風俗』(読売文学賞)など多数。近著に『神田神保町書肆街考』『嫌われ者リーダーの栄光』など。

※この記事は『サライ』本誌2023年4月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。(取材・文/角山祥道 撮影/宮地 工)

 


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