「言葉の天才」と呼ばれた永六輔さん。その「言葉」によって、仕事や人生が激変した著名人は数知れない。永さんと長く親交があったさだまさしさんと孫・永 拓実さんが、「人生の今、この瞬間を有意義に生きるヒント」をまとめた文庫『永六輔 大遺言』から、今を生きるヒントになる言葉をご紹介します。
文/永拓実
今を楽しむというより、「今、楽しいよな」と気づく余裕を持つ
” 生きているだけで、面白い”
祖父の著書からこの言葉を見つけたとき、祖父の「お別れの会」での黒柳徹子さんの弔辞を思い出しました。
葬儀委員長も務めてくださった徹子さんは、とくに祖父との付き合いが長く、親交も深かった方です。
1960年代、テレビ草創期にNHKで放送されたバラエティ番組『夢であいましょう』で祖父は、脚本、演出を務めました。
徹子さんや渥美清さんらが出演する大人気番組でしたが、当時はまだお金もなく、外食する機会も少なかったそうです。そんな祖父と徹子さん、渥美さんらが中華料理屋に行ったときの話です。
注文したエビチリが来ると、みんなが一斉に箸を持ち、エビの取り合いになりました。そこで徹子さんは素早く計算し、「一人3個ずつね」と言いました。
それを聞いた渥美さんは「いつか俺がたくさん稼いで、数をかぞえなくてもお腹いっぱい食えるようにしてやるからな」と語ったそうです。それを聞いた祖父は、こう切り返しました。
“何言ってるんだよ。今が一番楽しいんじゃないか。こうやって喧嘩して取り合ってるくらいが一番幸せなんだよ”
徹子さんはその言葉を鮮明に覚えていて、「永さんはどんなときも幸せそうだった」と僕に話してくれました。
“生きているだけで面白い”というのは、祖父の実感だったのでしょう。
当時の出演者もスタッフも、楽しく仕事をしていたと思います。ただ祖父は楽しむだけでなく、「楽しい」と感じながら楽しんでいたのでした。
この二つは似て非なるものだと思います。「楽しかった」と後で振り返ることはいくらでもできますが、「楽しい」と現在進行形で感じることは、簡単ではないからです。
世界幸福度ランキングというものについて、大学の授業で習いました。
2017年、日本は51位。GDP(国内総生産)、つまり経済的豊かさは世界3位の日本が、幸福度では51位。近年このギャップが問題視され、「今を楽しむ」ことが大切だとよく言われます。
しかし「エビチリ」のエピソードを聞くと、考えさせられます。今を楽しむというより、ふとしたときに「今、楽しいよな」と気づく余裕を持つこと。それだけで充実感は大きく変わるのかもしれません。
永六輔の今を生きる言葉
生きているだけで面白い
今が一番楽しく、喧嘩しているくらいが一番幸せ
* * *
『永六輔 大遺言』(さだまさし、永拓実 著)
小学館
さだまさし
長崎県長崎市生まれ。1972年にフォークデュオ「グレープ」を結成し、1973年デビュー。1976年ソロデビュー。「雨やどり」「秋桜」「関白宣言」「北の国から」など数々の国民的ヒットを生み出す。2001年、小説『精霊流し』を発表。以降も『解夏』『眉山』『かすてぃら』『風に立つライオン』『ちゃんぽん食べたかっ!』などを執筆し、多くがベストセラーとなり、映像化されている。2015年、「風に立つライオン基金」を設立し、被災地支援事業などを行なう。
永拓実(えい・たくみ)
1996年、東京都生まれ。祖父・永六輔の影響で創作や執筆活動に興味を持つようになる。東京大学在学中に、亡き祖父の足跡を一年掛けて辿り、『大遺言』を執筆。現在はクリエイターエージェント会社に勤務し、小説やマンガの編集・制作を担当している。国内外を一人旅するなどして地域文化に触れ、2016年、インドでの異文化体験をまとめた作品がJTB交流文化賞最優秀賞を受賞。母は元フジテレビアナウンサーの永麻理。