「言葉の天才」と呼ばれた永六輔さん。その「言葉」によって、仕事や人生が激変した著名人は数知れない。永さんと長く親交があったさだまさしさんと孫・永 拓実さんが、「人生の今、この瞬間を有意義に生きるヒント」をまとめた文庫『永六輔 大遺言』から、今を生きるヒントになる言葉をご紹介します。

文/永拓実

弱い立場の人たちへのいじめを見過ごさない

ある雑誌のインタビューで、「永さんが今の20代にメッセージを送るとしたら?」という質問に対し、祖父はこう答えました。

“変だと思うことに疑問を持ってほしい。「あれっ」とか「どうして」ということを。それを仕事の現場でも、遊びに行った先でもかまわないから、とにかく疑問を持って、時間がかかってもいいから自分で解決する”

祖父は街中を歩いているときも、食事をしているときも、ベッドで寝ているときも、常に手帳を手元に置き、何やら書き込んでいました。この言葉の語源は何か。これは何のために作られたのか。日常の中で感じた「なぜだろう?」という疑問を見過ごさず、自分で調べ、ラジオなどで紹介しました。

その祖父が特に見過ごしてはいけないと譲らなかったのが、「弱い立場にいる人」への“いじめ”でした。

1959年、日本古来の「尺貫法」が廃止され、メートル法の使用を義務付ける法律が制定されました。違反者は50万円以下の罰金。ある職人さんがこの法律に違反して警察に注意され、これでは仕事ができない、とたまたま祖父に相談しました。併用を認めればいいのに、急に禁止されては昔ながらの職人は仕事ができなくなってしまう。

祖父はこの法律によって職人の生活が追い込まれるだけでなく、和服の仕立てや歴史的建造物の修復など、伝統的な職人芸の継承が難しくなってしまうことを危惧し、「尺貫法復権運動」をラジオ番組で宣言しました。

運動のやり方はいかにも祖父らしいものでした。「尺寸の物差しを密造して販売するから、僕を逮捕しろ」と番組で宣言し、本当に販売して自首し、「街の職人は逮捕するのに僕は逮捕しない。弱い者いじめのための法律なのか」と訴えました。さらには尺貫法復権をテーマにした芝居を作って全国公演を実施。しつこく闘いを続けた結果、1977年9月、政府は曲尺(かねじゃく)、鯨尺の製造・販売を認め、見事に運動は成功に終わったのです。

それから時が経ち、2014年、祖父は長年にわたるテレビ・ラジオへの貢献が評価され毎日芸術賞を受賞しました。しかし、受賞スピーチで祖父はこう発言します。

「尺貫法を取り戻す運動をしたことを、評価してほしい」

尺貫法を取り戻しても、祖父の生活に直接影響はありません。それでも祖父は生涯、名番組を作ったことよりも、名曲を作ったことよりも、この運動を成し遂げたことを誇りに思っていました。

祖父の「弱い立場の人たちへのいじめを見過ごさない」精神を、言葉で受け取っていたのが、ファッション評論家のピーコさんです。

メディアに出演し始めた頃、政治や社会のあり方に歯に衣着せぬ発言を続け、世間から批判されることもあった「おすぎとピーコ」のお二人ですが、祖父はこう支持してくれたと回顧します。

“君たちは、炭鉱のカナリアになりなさい”

産業革命期のイギリスでは、炭鉱開発の際、危険ガスが出ていないか確認するためにカナリアを連れ、カナリアが騒ぎ立てたら危険であると判断しました。つまりカナリアは、みんなが気づかない、または気づかない振りをしているような危機を、いち早く察知して声をあげる役割を担ったのです。

世の中の大きな流れから、身の回りの些細な変化まで、厄介で目を背けたくても、手遅れになる前に誰かが勇気を出して声をあげる。声をあげれば、それだけ逆風に晒される可能性もあり、簡単なことではありません。それでも僕は少しでも祖父の遺志を受け継いでいきたいと思います。

永六輔の今を生きる言葉

変だと思うことに疑問を持ち、時間がかかっても自分で解決しよう

* * *

永六輔さんの7回忌の節目に、永さんの背中を追い続けてきたさだまさしさんと永拓実さんが『永六輔 大遺言』を刊行する。

『永六輔 大遺言』(さだまさし、永拓実 著)
小学館 
2022年7月6日発売

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さだまさし
長崎県長崎市生まれ。1972年にフォークデュオ「グレープ」を結成し、1973年デビュー。1976年ソロデビュー。「雨やどり」「秋桜」「関白宣言」「北の国から」など数々の国民的ヒットを生み出す。2001年、小説『精霊流し』を発表。以降も『解夏』『眉山』『かすてぃら』『風に立つライオン』『ちゃんぽん食べたかっ!』などを執筆し、多くがベストセラーとなり、映像化されている。2015年、「風に立つライオン基金」を設立し、被災地支援事業などを行なう。

永拓実(えい・たくみ)
1996年、東京都生まれ。祖父・永六輔の影響で創作や執筆活動に興味を持つようになる。東京大学在学中に、亡き祖父の足跡を一年掛けて辿り、『大遺言』を執筆。現在はクリエイターエージェント会社に勤務し、小説やマンガの編集・制作を担当している。国内外を一人旅するなどして地域文化に触れ、2016年、インドでの異文化体験をまとめた作品がJTB交流文化賞最優秀賞を受賞。母は元フジテレビアナウンサーの永麻理。

 

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