日本には、宗教法人に登録されているだけで、約16万もの神社仏閣が存在する。なぜこれほどまで多く存在するのか? それは、日本が四方を海に囲まれ、国土の7割以上が山地という地理と地形が大きな要因の一つである。
国内の神社仏閣のルーツや成り立ちの秘密を、「地形」や「地理」の観点から解説する書籍『カラー版 地形と地理でわかる神社仏閣の謎』から、高野山のなぞを紹介する。

文/古川 順弘 、青木 康

「深山の平地」を求めた空海

高野山(こうやさん)は和歌山県北東部に位置する山地だが、その地形は独特で、山上は標高1000メートル前後の峰々に囲まれた小盆地(約東西6キロ、南北2キロ)になっている。この地を真言密教の根本道場としたのが空海(774~835年)で、現在、山内には高野山真言宗の総本山金剛峯寺(こんごうぶじ)を中心に100以上の塔頭(たっちゅう)寺院が建ち並ぶ。なお、明治維新以前、金剛峯寺という寺号は高野山内の塔頭寺院の総称の意味で用いられていた。

なぜ、空海は高野山を密教の聖地に選んだのか。空海が未開の原野だった高野山を密教の修行道場として開創することを決意したのは弘仁7年(816)だ。同年6月、空海は高野山の下賜を願うべく嵯峨(さが)天皇に上表文を提出した。この時代、僧侶の山林修行には官許が必要だったからだ。上表文の中で空海は次のようなことを述べている。

「密教経典には、深山の平地が修行にふさわしい場所だと説かれています。私は少年のころ好んで山河を渡り歩きましたが、平原の幽地であった高野山を訪ねたこともあります。そこは四方を高峰に囲まれ、人跡もみられません。国家のための道場とすべく、あるいは多くの仏道修行者のための道場とすべく、この荒地を切り拓いて、修行のための一院を建立したいと願っています」

出典:『カラー版 地形と地理でわかる神社仏閣の謎』 宝島社新書

高野山の深層にある狩猟民たちの信仰

この上表文からは、空海が密教修行に最適とされる「深山の平地」という地形にこだわっていたことがわかる。空海がいう「密教経典(原文では「禅経」)」が具体的になにを指すのかは不明だが、「深山の平地」は世俗から隔絶され、かつ出家者だけのコミュニティをつくりやすく、修行には格好の環境だろう。その点、険阻な山稜に取り囲まれた小盆地である高野山は、空海の眼には理想的な土地として映ったにちがいない。

また空海は、高野山は少年時代に親しんだ旧知の土地だとも述べている。空海は四国出身だが、青年時代に私度僧(しどそう)として仏門に入ってからは山野を跋渉(ばっしょう)して単独で密教修行に取り組んだと考えられている。そうした遍歴時代に高野山を訪れることがあり、その地形を熟知していたのだろうか。

空海の願いはまもなく勅許(ちょっきょ)され、弘仁9年(818)冬には空海は高野山に登り、道場空間を清浄に保つための結界(けっかい)を行い、堂塔の建設に乗り出した。空海の高野山開創については、『金剛峯寺建立修行縁起(こんごうぶじこんりゅうしゅぎょうえんぎ) 』(968年成立)にこんな伝説が記されている。

空海は唐留学時、「密教弘法(ぐほう)にふさわしい地を示せ」と祈願して三鈷杵(さんこしょ)(密教法具の一種)を投じた。日本への帰国後、修行の地を求めて諸国をめぐっていると、大和国宇智(うち)郡の山中で犬2頭を連れた狩猟者と出会い、「この一帯は私の土地だが、南方に幽邃(ゆうすい)の高原があり、霊験瑞異(れいげんずいい)も多い。望むならその土地を提供しよう」と告げられた。その後空海は高野山に導かれ、ついで山腹の天野宮(あまののみや)の女神・丹生都比売(にうつひめ)からその土地を譲られた。やがて伽藍建立のために樹木が伐り払われたところ、樹に唐から投げた三鈷杵が掛かっているのを発見。空海は高野山が密教相応の地であることを確信した。空海が出会った狩人は地主神である高野明神の化身で、丹生都比売も高野山の地主神だった。

これはあくまで伝説だが、ここには、古くから高野に狩猟民らによる独自の山神信仰があり、空海の真言密教がそれを包摂するかたちで密教道場としての高野山が成立し、発展していったことが示唆されている。またこの説話を、空海が古くから高野山を支配していた丹生氏から援助を受けていたことの寓意ととる説もある(武内孝善氏)。

空海は承和(じょうわ)2年(835)、高野山で入定(にゅうじょう)した。奥の院には空海の廟所があるが、空海はここで今も生きたまま禅定(ぜんじょう)を続け、一切の生命を救済していると信じられている。

* * *

『カラー版 地形と地理でわかる神社仏閣の謎』(古川 順弘、青木 康 著)
宝島社新書

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古川 順弘(ふるかわ・のぶひろ)
神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。宗教・歴史分野をメインとする編集者・文筆家。著書に『古代豪族の興亡に秘められたヤマト王権の謎』(宝島社新書)、『仏像破壊の日本史』(宝島社新書)、『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀監修、宝島社新書)、『人物でわかる日本書紀』(山川出版社)、『古代神宝の謎』(二見書房)、『物語と挿絵で楽しむ聖書』(ナツメ社)、『古事記と王権の呪術』(コスモス・ライブラリー)などがある。

青木 康(あおき・やすし)
埼玉県生まれ。学習院大学法学部卒業。神社専門編集プロダクション・杜出版株式会社代表取締役。全国の神社を巡り、地域ごとに特色ある神社の信仰や歴史学の観点から神社を研究・執筆活動を行う。主な編書に『完全保存版!伊勢神宮のすべて』『歴史と起源を完全解説 日本の神様』『カラー版 日本の神様 100選』『日本の神社 100選 一度は訪れたい古代史の舞台ガイド』(いずれも宝島社)などがある。

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