文/印南敦史
定年後に庭師になるとは、いささか奇抜な発想だと思えなくもない。ところが『定年後は庭師になって自然相手の仕事をしよう』(日本造園組合連合会 編、亜紀書房)の編者によれば、庭師の仕事に注目が集まっているらしいのである。
庭師養成講座のたぐいには想定以上の人が集まり、自治体が高齢者向けに用意するシルバー人材センターにも多くの人が登録しているというのだ。長く会社勤めをし、ノルマや人間関係に疲れた人の目に、庭師という仕事は魅力的に映るのかもしれない。
かつて自然のなかで生活していた人間は、知らず知らずのうちに自然と対話をしていた。だからこそ熟年世代になって第二の人生を意識したとき、「かつてのように自然に接したい」という気持ちが生まれてくるのは当然のことだと編者はいう。
加えて、考え方や価値観の変化も影響している。庭師はもともと、若いうちに就職し、親方や先輩から技を受け継ぎ、いつしか一人前の腕に育つという世界だった。ところが、そうした時代とは事情が違ってきているというのである。
いまは、ある程度の年齢であったとしても、なろうと思えば庭師になれるというのだ。もちろん、若い世代にくらべれば、覚えたことを忘れやすい、体がいうことをきかないなど、年配者特有の不利な点はあるだろう。とはいえ60歳の定年など、「まだまだ元気盛りみたいなもの」だという。
昔は誰だって体が言うことを聞かなくなった時が定年で、それまではそれぞれ役割を持って働いていたものです。(中略)我々の仕事の感覚から言えば、健康で技術さえあれば、やれるとこまでやるのが普通です。(本書より引用)
つまり、想像以上に実現性は高そうなのである。だとすれば、(もし少なからず興味があるのであれば)定年後に進むべき道のひとつとして意識しておいてもいいのかもしれない。
ただし現実問題として、「向き不向き」はあるものだ。果たして本書では、その点についてどう解説しているのだろうか? 以下、いくつかのポイントを抜き出してみよう。
1.自然が好き
庭師になるために、特別な資格は必要ない。つまり、なろうと思えば誰にでもなれるというのだ。とはいえ、まず第一条件となるのは「自然が好き」だということ。営業職に向いている人が一日中机に向かう仕事をしていると、やがて無理が訪れるもの。同じことで、やはり「自然好き」は必須条件なのだ。
2.健康で体力に自信がある
さらに当然のことながら、「健康で体力に自信がある」ことも大切。普通に考えれば「病気でなければ健康」ということになるかもしれないが、庭師の仕事場は屋外なので、もっと積極的な意味で「健康」をとらえる必要があるというのだ。
3.人当たりがいい
そして意外な気もするのが、「人当たりのよさ」が求められるということ。「職人気質」というと「腕はいいが、寡黙で頑固者」というようなイメージがあるが、施主との関係を考えた場合、寡黙で頑固者では仕事になるはずもない。施主から「また、あの人にお願いしよう」と思われるには、コミュニケーション能力は不可欠だというのだ。
4.プライドを捨てられる
ところで、転職で失敗しやすいのが、前職の地位や待遇にこだわる人だという話は有名だ。それは庭師も同じで、定年後に始めようというのであれば、まず「ゼロから出発できるかどうか」が重要だという。大企業勤めをしてきた人であれば、プライドを捨てられるかどうかもポイントになるだろう。
というのも庭師の場合、自分の子どもほどの年齢の若い人が先輩になるので、プライドが高い人は大いに傷つくことになる。親方(社長)でさえ、自分より若いことがほとんど。しかし、どうあがいても庭師としてのキャリアと技術は彼らのほうが上なので、指示には従わなくてはならないということだ。
大げさな話だと感じるかもしれないが、実際に「俺は人生の大先輩だぞ」などという態度をとったために庭師を辞めたシニアも少なくないのだそうだ。
自分は庭師としてはルーキーなのだ――それを常に肝に命じること、そして40〜50年くらい前のまっさらな気持ちを思い出すこと、今の境遇をおもしろがる、そんな心のゆとりが欲しいところです。(本書より引用)
以上、書籍『定年後は庭師になって自然相手の仕事をしよう』から、引退後に庭師になろうという人に求められる条件をご紹介したが、いかがだろうか。
その他、家族の理解が得られるかどうか、収入か働きがいか、などの問題も絡んでくるため、決してハードルは低くないだろう。しかしそれらハードルを乗り越えられるのであれば、庭師として自然と対話しつつ、社会貢献もでき、暮らしの糧も得ていけるというのは、余生の過ごし方としては魅力的な選択肢だろう。
庭師という仕事が気になるのであれば、基礎的な知識をぎっしりと詰め込んだ本書は大いに役立つはずだ。
【今回の定年本】
『定年後は庭師になって自然相手の仕事をしよう』
(日本造園組合連合会 編、亜紀書房)
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載「七人のブックウォッチャー」にも参加。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)などがある。