麻酔科医師である谷口英喜先生は、手術前後の脱水に苦しむ多くの患者さんをみてきた経験を踏まえ、本格的に脱水症の研究に着手。現在では脱水症のスペシャリストとして、その危険性や、脱水からの回復に有効な経口補水液の重要性を啓発しています。また、「手術の2時間前まで水分がとれる」というガイドラインが谷口先生によって策定され、経口補水液を飲むことで“点滴をせずに手術室に入れる”という新しい常識も生まれました。
今回は脱水にならないために、「脱水症のメカニズム」、「高齢者の脱水症対策」、「ウォーキングと水分補給」、「マスク熱中症と経口補水液の使い方」という4つのテーマで、注意点と予防法を谷口先生に伺いました。
脱水の症状を見逃さないことが予防になる
脱水症は熱中症、感染症、脳梗塞といった病気に関連しているといわれています。脱水がどのように起こり、どんな症状があるのでしょうか。
「脱水というのは体から水と電解質(塩分)が減少している状態です。原因としては食欲不振や加齢などがあげられます。下痢や嘔吐などで一気に水分が失われた時も急激な脱水症状を起こします。脱水になってしまうと、水分を必要とする臓器はいずれも大きなダメージを受けます。特に脳、筋肉、消化器の3つは、約9割が水分でつくられているため、脱水の影響が直撃してしまうわけです。脳の水分が減ると思考力の低下などを引き起こし、消化器は食欲の減退や、腹痛、発熱、下痢、便秘。筋肉の水分が減ると力が入らない、筋肉痛、全身の倦怠感などが起こります。こうした症状があったら、脱水を起こしている可能性が高いですね。お酒をたしなむ方にはよく、“二日酔いのような症状を感じたら脱水しているとみていい”といっています」
脱水症が怖いのは、夏バテや発熱、嘔吐などが原因で、何度も脱水になりながら、意外なことに自覚がある人が少ないことです。
「私が脱水症の研究を進めたきっかけの一つに、“脱水は手術室だけで起こることではなく、気づかないだけで誰の身にも起こっているはず”という仮説がありました。現在ではエビデンスに基づく対策も一般に広がり、熱中症が社会問題となった際には、より多くの方に脱水症は一気に認知されました。実は誰もが脱水症になった経験があるはずなのですが、“脱水症になったことはありますか?”と尋ねると、9割の人が“ない”と答えるんですね。理由の一つは、脱水の兆候があっても、そのサインを脱水と判断できないこと。もう一つが脱水を専門とする病院がないため、脱水症で病院にかかることがイメージできず、症状がでても病院に行く方はほぼいません」
人は毎朝脱水状態を体験している
谷口先生によれば、脱水は特別な人が引き起こすのではなく、もっと身近なものであり、私たちは毎朝脱水を体感しているといいます。
「朝起きたときも、3つの臓器の症状がでやすい状態です。頭がぼーっとしていたり、全身がだるかったり。寝起きに手を握っても力がまったく入りません。これは寝ているうちに、脳、筋肉、消化器といった体内の水分が奪われ脱水状態になっているからなのです。水を飲んだり、朝ご飯を食べたりすることで自然と改善しますが、まさか自分が毎朝、脱水を起こしているとは考えません。朝食抜きで、しかも水分すらとらないと、半日近く水分が補給されませんから、悪化することもあります。多忙な方でも、起きがけに飲み物だけはとった方がいいですね」
脱水は夏にだけ起こるのではない
熱中症によって脱水症も広まったことで、脱水は夏だけ気を付ければいいという、誤った認識を持つ方も少なくありません。
「体から水分が奪われることから、夏だけに起こる印象をもたれているようですが、実際は冬の脱水リスクが低いわけではありません。冬場は空気が乾燥していますから、乾燥によって体の水分が奪われる危険があります。しかし、夏ほどのどの渇きを感じることがなく、逆に体を冷やさないように飲料を控える方もいて、水分を補給するタイミングが減少します。体調が変化しても冬は脱水を疑う方は少なく、知らないうちに脱水が悪化することにもなるのです」
冬はインフルエンザなどの感染症が流行するため、発熱や下痢によって、水分が失われることも多くなります。
「まずはこうした基礎的なことを知っていただき、年齢や日常生活での対策をお伝えしていきます」
お話を伺ったのは……
医師のインタビュー記事は、株式会社おいしい健康が運営するメディア「先生からあなたへ」でもご覧いただけます。
https://articles.oishi-kenko.com/sensei/
取材・文/安藤政弘 写真提供/済生会横浜市東部病院