前回、ヴィレッジ・ヴァンガードの歴史について、創業オーナーのマックス・ゴードンの自伝『Live At The Village Vanguard』から紹介しました。ヴィレッジ・ヴァンガードは1934年にオープンしました(35年に現在の店舗に移転)。自伝は1980年に書かれたものですから、そこには45年の歴史があったわけですが、2021年の現在、そこから41年が経過しています。89年のゴードンの死去からもすでに30年以上が経ちました。その間はどうなっていたのか。

ゴードンの死去後は、妻のロレインがあとを引き継ぎました。そしてロレインは2006年に自伝『ジャズ・レディ・イン・ニューヨーク(原題:Alive At The Village Vanguard)』(DUブックス/ロレイン・ゴードン、バリー・シンガー著、行方均訳)を発表しました。今回は、そこから「その後」を紹介します。


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『ジャズ・レディ・イン・ニューヨーク』
(ロレイン・ゴードン、バリー・シンガー著、行方均訳/DUブックス)
表紙には記されていないが、奥付には「ブルーノートのファースト・レディからヴィレッジ・ヴァンガードの女主人へ」というサブタイトルがある。この日本語版は2015年に出版された。

この自伝は、原題よりも日本語版題名のほうが内容をよく表わしています(原題はマックスの自伝のタイトルにひっかけたわけですね)。もともとジャズとはあまり縁がなかったマックスとは違って、ロレインは高校生のころから「ジャズおたく」でした。もちろん本書はヴァンガードのオーナーとして書いているのですが、ヴァンガード引き継ぎにいたる人生回顧に多くのページが割かれており、まさに「ジャズ・レディ一代記」という内容です。

ロレインは1922年生まれ。1943年、20歳のときにブルーノート・レコードのオーナー・プロデューサー、アルフレッド・ライオンと結婚。ブルーノートではプロモーションを担当し、セロニアス・モンクのデビューに尽力したという、「どっぷりジャズ」の仕事をしていました。しかし、ライオンとは40年代末に(ライオンを振って)離婚し、その後すぐにマックス・ゴードンと再婚します。そしてヴァンガードの運営に関わるかというと、意外にもまったくタッチせず、というかマックスはやらせず家庭に入ることを望んだといいます。そしてロレインは反戦運動の活動家となって……、というじつに熱い人生を送ってきたことが記されています。

そのようにヴァンガードとは直接かかわらないでいたロレインですが、ゴードンが1989年5月11日に86歳で亡くなった翌日(!)から、2代目オーナーとしてヴァンガードの運営にあたります。

ロレインが唯一マックスに意見したのは、マックス死去の直前、ヴァンガードの身売り話(日本人からの買収オファー)に絶対反対を唱えたこと。当時ヴァンガードの経営状態はよくなかったんですね。というわけで、ロレインが最初にしたことは(従業員解雇を含む)経営体制の刷新でした。

といったような生々しい話題もけっこう出てくるのですが、ロレインが引き継いだからこそ、ヴァンガードは「生き残る」ことができ、その後さらに隆盛を誇ることができたというわけです。そのエネルギーの源は、間違いなく「ジャズ愛」。本書に多数紹介されているミュージシャンのコメントを読めば(ウィントン・マルサリス、ビル・フリゼール、ロイ・ハーグローヴ、ジョー・ロヴァーノ、チャーリー・ヘイデンら)、ミュージシャンからは、たんなるクラブ・オーナーとはまるで違う接し方をされていることが伝わってきます。ヴァンガードには、ジャズおたくが作ったドラマチックな歴史があるのです。なお、ロレインは2018年6月9日に95歳で亡くなりました。第3章はどんな物語になっていくのでしょうか。

そうそう、この本で前回書いていた疑問が解けました。なぜヴァンガードが「ジャズ・クラブ」に舵を切ったのか、という理由です。ロレインは明確に記しています。ジャズ・クラブに完全に方向転換したのは1957年のこと。それまで出演していたコメディアンや芸人たちが、テレビを中心に活動するようになり、クラブへの出演が難しくなったため、ということです。なるほど。1957年といえば、同店で初めてのライヴ・レコーディングが行われた年です。11月3日、ソニー・ロリンズの『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』ですね(第88回で紹介)。レーベルはブルーノート。プロデューサー、アルフレッド・ライオンはマックス・ゴードンに対してどんな気持ちだったんだろう、と考えると音も違って聞こえるかな?

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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