文/中村康宏
「規則正しい生活をしましょう」という言葉は、健康や寿命に関するほぼ全てのメディアで用いられる言葉です。例えば、「ホルモン分泌が乱れて高血圧になりやすくなる、だから、生活リズムを整えましょう」というのが一般的ですが、この場合、なぜホルモン分泌が乱れるのでしょうか?その一歩踏み込んだ点を突き詰めると「体内時計」というキーワードにたどり着きます。『ノーベル賞受賞で注目!「体内時計」の研究でわかった健康生活2つの原則【予防医療の最前線】』では、体内時計は「時計遺伝子」によって生み出され、血圧、体温、消化酵素や内分泌ホルモンの分泌周期、睡眠覚醒サイクル、免疫反応などをコントロールすることを説明しましたが、今回はそのメカニズムをさらに詳しく解説します。
■体内時計には3種類ある
実は、体内時計と一概に言っても体内時計には「中枢時計」「末梢時計」「細胞内時計」の3種類が存在し、中枢時計を中心とした階層的な指示系統で体内時計はコントロールされています。
・中枢時計
中枢時計は神経やホルモンの濃度をコントロールすることで、体全体の統制を司ります。これは、脳の中でも自律機能の中枢である視床下部の「視交叉上核(ししょうこうさじょうかく)」と呼ばれる一部の領域に存在します。この部位が中心となり末梢時計(後述)や細胞内時計(後述)の時刻調整を行い、全身の臓器のリズム・細胞分裂のコントロールなどが行われます。つまり、末梢細胞を指揮し、全体で強いリズムを形成することが中枢時計の役割なのです。(*1)
中枢時計は光刺激に影響を受けます。時差ボケやシフトワーカーの体調不良の原因となるのは不規則な光刺激が中枢時計を狂わせている結果なのですね。
・末梢時計
体中のそれぞれの組織において、末梢時計が存在します。これらは中枢時計の調整を受けながら、それぞれ異なるリズムを刻むのです。例えば、成長ホルモンは夜間に多く分泌される、体温は夕方にピークを迎える、運動能力は夕方にかけて高くなる、などが挙げられます。中枢時計が光でリセットされるのに対し、末梢時計は食事や運動など光以外の要因の影響も受けます。例えば、マウスの活動期にエサを与えず、非活動期の時間帯にエサを与え続けると、末梢時計は中枢時計と関係ないリズムを刻むようになります。この時、中枢時計と末梢時計のリズムが異なる二重構造となってしまうと高血圧や糖尿病、うつ病などになりやすくなると言われています。(*2)
・細胞内時計
「テロメア」は各細胞のDNA染色体の両端についている構造物で、その役割は靴ひもの端にあるカバーと似ており、染色体を保護する役割を担っています。細胞は生まれた時から分裂を繰り返しますが、そのたびにテロメアが短くなります。テロメアがなくなった時、細胞の分裂は停止し、老化の一因となると考えられています。(*3)このテロメアの長さを保つために、「テロメラーゼ」という酵素が働きます。テロメラーゼの働き次第でテロメアが短くなって早死にしたり、逆にテロメアが長くなって長生きする一因といわれています。例えば、がんが無限に増殖できるのはこのテロメラーゼという酵素ががん細胞では活性化していて、無限の寿命を得ているのです。
■細胞内時計の寿命遺伝子も体内時計の影響を受けていた!
■現実的に「規則正しく」より「行動の定着」へ
これらの体内時計は朝起きて、日中働いて、夜眠る、という人類の祖先が長い年月をかけて地球で生き延びるために獲得したものです。しかし、近年の働き方やライフスタイルの変化に伴い、地球の自転による「昼夜」と体内時計の不一致が起き、現代人は知らず知らずのうちに体に負担をかけ病気になりやすい状態になっています。これは「社会的ジェットラグ(社会的時差)」として社会問題化しつつあります。(*6)しかし、現実的にライフスタイルを変えることは容易ではなく、「朝起きて、昼働いて、夜寝る」といった従来の規則正しい生活を追求するのは不可能に近いかもしれません。
そこで、実現可能な代替案として「行動の定着」を目指しましょう。特に就寝時間、起床時間は重要です。その時間をできるだけ一定にし、就寝中は光を浴びないようにアイマスクをして寝るなど、就寝中の「光」には敏感になりましょう。また、散歩や食事など定期的な運動が、正常な体内時計のリズム維持に役立つ可能性が明らかとなっています。(*7)
以上、体内時計と呼ばれる「中枢時計」「末梢時計」「細胞内時計」の3種類について詳しく解説しました。体内時計の理解が深まれば規則正しい生活習慣の重要性がよりわかるようになります。健康において「規則正しい生活」が重要なことは百も承知だと思いますが、ライフスタイルの時代的変化に逆行して規則正しい生活を維持することは容易ではありません。まずは、各々のライフスタイルの中で「行動の定着」を考えてみてください。
【参考文献】
1.化学と生物 2012: 11; 794-800
2.Folia Pharmacol. Jpn 2007: 130; 469-76
3.J. Am. Chem. Soc. 2010.
4.Cytogenet 2004: 152; 95
5.Eur Heart J 2013; 34:1790-9.
6.日本内科学会雑誌 2017: 105; 1675-81
7.心臓 2011: 43; 154-8
文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。