文/鈴木拓也
2017年に始まった「セルフメディケーション税制」。特定の市販薬の年間購入費が一定額を超えると、節税になるという制度だ。
認知度のわりに利用者はまだ少ないが、「国という大きな視点で見ると、セルフメディケーション税制は医療用医薬品から市販薬への消費シフトを後押し」すると指摘するのは、薬剤師の久里建人さん。
市販薬といえば、「処方薬より効果が落ちる」というイメージがあるかもしれない。しかし、そのラインナップは年々充実しており、病院で渡される薬と同じ成分の市販薬が増えているという。例えば、ドラッグストアで買える鎮痛剤として人気のロキソニンは、つい10年前までは処方薬だった。
久里さんはそうしたトレンドを受け、将来「病院と市販薬の『壁』が融解する」と、著書『その病気、市販薬で治せます』(新潮社)に記している。
では、「壁」が融解すると、どうなるか?
ひとつには「市販薬をうまく、安全に使いこなす」というスキルが、われわれ消費者に求められるというのがある。
…とは言っても、風邪薬ひとつとっても、その種類の多さに戸惑うばかり。「使いこなす」以前に、選択に頭を抱えてしまいそうだ。だから久里さんは、店内にいる薬剤師や登録販売者に気軽に相談することをすすめる。
風邪薬は症状別で選ぶ
さらに本書では、症状にあった薬を自力で見つけるコツも教えてくれている。
例えば、風邪薬。種類も多いが、含まれる成分の多さも世界レベルで見て「突出」しているという。だから、成分表を見てあれこれと悩むのではなく、対応する症状で見ていくことがすすめられている。
ほとんどの市販の風邪薬は「解熱鎮痛」「喉の痛みの改善」「鼻水・鼻づまり改善」「咳止め」の4つの成分からできています。
もし、この中で特に辛く抑えたい症状があるならば、症状別に販売されているシリーズから選ぶのがオススメです。「パブロンメディカルシリーズ」や「ルルアタックシリーズ」「エスタックイブシリーズ」などがあります。(本書より)
ちなみに、各風邪薬の値段の高い安いについては、こだわる必要はないと久里さん。そして、薬剤師が風邪を引いた時に飲む薬として人気なのが、葛根湯。ただし、研究によれば、葛根湯がほかの風邪薬よりも格段に優れているという証拠はないとも。
水虫も市販薬で対応できる
では、頑固な水虫についてはどうか?
「水虫は、市販薬で治せる病気です」と、久里さんは太鼓判を押す。以前は病院で処方されていたブテナフィンなどが、今では市販薬として販売されており、効果も期待できる。
ただし、注意点もある。
ひとつは、毎日塗り続けること。患部の皮膚が入れ替わるまでの、「最低1~3ヵ月」が目安。かゆみが治まったからと、使用を止めてしまうのは禁物。それは単に、かゆみを抑える成分のおかげかもしれないからだ。
また、塗る範囲については、「かゆい部分だけではなく、周辺を含めて全体に塗るのが理想的」とアドバイスしている。さらに薬剤のタイプも、クリーム、液体、スプレーなど様々あって、使いやすさにも差がある。その中で、どのタイプにするかは、自分が続けやすいものを選んでかまわないそうだ。判断が難しければ、店頭の専門家に質問するといい。なお、爪白癬(爪の水虫)の場合、対応できる市販薬はないため、病院の薬を頼ることになる。
戦国乱世の様相を呈する発毛剤
市販薬で最近とみにその種類を増しているのが、発毛剤だ。
久里さんは、各メーカーの発毛剤が棚に並んでいるさまを見て、「戦国時代」と呼んでいるほど。
では、織田信長や徳川家康にあたる、最強の発毛剤はあるのだろうか?
もし男性用の薄毛薬を“成分”だけで選ぼうとするならば、それはとても簡単なことです。発毛効果の高さで選ぶべき薬は、ほぼ一択。ズバリ【ミノキシジル】です。(本書より)
海外発のミノキシジルを、最初に日本で商品化したのは大正製薬。ブランド名は「リアップ」という。
しばらくは、「リアップ」の独走状態が続いたが、2018年に特許が切れて、他のメーカーがミノキシジルを含有する製品を投入。たちまち、30種類以上がしのぎを削る乱世になったという経緯がある。
これほどたくさんあるミノキシジル製品だが、価格帯で見ると、(1ヵ月分が)5千円前後のグループと、7~8千円のグループに二分されるという。高価格帯の製品は、「頭皮環境を整えるビタミンなど」が配合され、容器が使いやすいという特徴がある。容器の使いやすさとは、塗っていて痛い感じがしないとか、液ダレしにくいといった機能的なメリットをいう。
では、やはりビタミンが入っているほうが、価格相応に効果が高いのだろうか?
久里さんは、その点には否定的だ。
そもそも、今の日本の発毛医薬品に添付されているビタミン類が具体的にどの程度の効果をもたらすのかは、実はよくわかっていません。ひょっとすると、ビタミン類が入っていても効果に差はないのかもしれないのです。(本書より)
もし、お客さんから一番効くのはどれかと聞かれたら、久里さんは、「どれも大差ないと思われます」と返答するしかないと打ち明けている。そのため、値段の高さは、容器の使いやすさを重視するか否かにかかわるようだ。
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国が推進するセルフメディケーション税制には、国の医療費負担を少しでも抑えるという意味合いもあり、「市販薬への消費シフト」の流れは、今後も止まらないだろう。その流れの中で、総合的な検討に役立つ情報が解説されている本書はとても役立つ。何か薬が必要なときのために、読んでおいて損はない。
【今日の健康に良い1冊】
『その病気、市販薬で治せます』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。