文/満尾正
新型コロナウイルス感染症など、さまざまな病気に負けないための「免疫力」は、日々の食事や生活習慣の改善によって、大幅に高めることができるそうです。しかし、巷に溢れる健康や免疫力に関する知識は刻一刻とアップデートされ、間違った情報や古びてしまったものも少なくありません。コロナ禍の今、本当に現代人が知っておくべき知識とは何でしょうか。著書『世界最新の医療データが示す最強の食事術 ハーバードの栄養学に学ぶ究極の「健康資産」の作り方』が話題の満尾正医師が解説します。
健康食品メーカーも見落とす重要なミネラル
カルシウムのブラザー・ミネラル
上にあるのは、高校の化学の教科書によく載っていた「元素の周期表」(図12)です。まさか、今更こんなものを見直すとは思ってもいなかったでしょう。
横の列を「周期」、縦の列を「族」と言い、似通った性質を持つ元素が縦の族に並んでいます。
一番左の1族には「Na(ナトリウム)」と「K(カリウム)」があります。
健康リテラシーが高い人なら、この2つの元素が深く関与し合っていることはよくご存じかと思います。
カリウムは細胞内に、ナトリウムは細胞外液に多くが存在し、お互いにバランスを取り合いながら、細胞の浸透圧を維持したり、水分を保持したりしています。
だから、一方が他方に比べて多くなったり少なくなったりしないほうがいいのです。
ただ、日本人は塩分の強い食事を好むので、どうしてもナトリウムが多くなりがちです。すると、バランスが崩れカリウムが細胞外に出てしまい、細胞は正しい働きをしなくなります。
たとえば、血圧が上がるのもその1つです。血圧が高い人は、塩分を減らすだけでなく、カリウムの多い野菜や果物の摂取をすすめられますが、それによってバランスが整い、細胞の働きが正常化して、不要なナトリウムの排出も可能になるからです。
では、次に視線を右に移して2族を見てください。「Mg(マグネシウム)」と「Ca(カルシウム)」が目にとまるでしょう。こちらは、マグネシウムが細胞内に、カルシウムが細胞外液に多く含まれ、やはりバランスを取り合っています。こうした関係を「ブラザー・ミネラル」と言います。
ところが、現代の日本人は、マグネシウムが足りておらず、バランスがひどく崩れているのです。
そもそも諸外国では、カルシウム過多が動脈硬化を進めるということが指摘されており、カルシウムの摂り過ぎに注意するようにという警告もなされています。
それなのに、日本では相変わらず「カルシウムは体に良い」「現代の暮らしはカルシウムが足りない」というアナウンスが多く、余計にマグネシウムとのバランスを崩す結果となっています。
実際に、日本のドラッグストアで市販されているサプリメントを見ると、多くが「カルシウム2:マグネシウム1」の割合で配合されています。
そうではなくて、もっとマグネシウムを摂って欲しいのです。
ポパイがほうれん草で強くなる理由
アメリカの人気マンガ『ポパイ』をご存じの方も多いと思います。ポパイは、缶詰のほうれん草を食べると、とたんに強くなりました。
子どもの頃、テレビに出てきたポパイがほうれん草の缶詰を食べると元気100倍、恋人のオリーブを助けにゆく光景は懐かしく思い出すことができます。「なんでポパイは元気になるの?」と母親に尋ねたことも覚えています。
うろ覚えですが、そのときの回答は、鉄分の補給ができるからだというものでした。確かにほうれん草には鉄分も含まれますが、ポパイの元気の素はむしろマグネシウムにあったのではないかと思います。ほうれん草のような緑色の濃い野菜には、マグネシウムが豊富に含まれているからです。
マグネシウムは、細胞のエネルギーである「ATP(アデノシン3リン酸)」を産生するために必須の栄養素です。だから、マグネシウムが少ないと十分なATPがつくりだせず、元気が出なくて当然なのです。
『ゲームチェンジャー・トップアスリートの栄養学』というドキュメンタリー映画があります。アスリートや学生などを対象に、肉食と菜食がそれぞれ体にどのような影響を与えるかを調べ、一般の方にもわかりやすいように、有名な俳優を起用して解説しています。
すると、運動時の持久力から男性器の勃起力まで、菜食のほうが肉食より高くなることがわかりました。「肉こそがパワーと男らしさの源だ」と信じ、ステーキやフライドチキン、ハンバーグを食べている人は、すぐにバテて精力も弱くなっていたのです。
アメリカでは、まだ肉食信者が多数を占める一方で、菜食の価値に気づいている意識の高い人も増え、食事についての知識が二極化しています。
もう四半世紀も前のことになりますが、ハーバード大学に留学していた頃、恩師のウィルモア教授は菜食主義者であり、おやつ代わりにニンジンをかじられていたことを覚えています。
ところが、皮肉なことに、日本人は和食の素晴らしさを軽視しているのでしょうか、若い人中心に肉食をすれば元気を維持できるという思い込みが広がってしまっています。
こんな状況では、マグネシウムの重要性など気づけもしないでしょう。
これは、健康食品のメーカー側も同様のようです。
たとえば、今はあちこちから売られている青汁ですが、基本的にどれもマグネシウムは含まれているはず。ところが、ほとんどの成分表には、カリウムやカルシウムの記載はあるのに、マグネシウムの文字はなかなか見当たりません。
おそらく、マグネシウムが含まれていないのではなく、アピールする必要がないと思われているのでしょう。それほど、マグネシウムは現代の日本人から忘れ去られているミネラルなのです。
精神や肉体へのストレスで尿に排出
現代人がマグネシウム不足になりやすい理由には、大きく2つあります。
1つは、食品に含まれるマグネシウム量が減っていること。加工食品などを多食する反面、ミネラルを豊富に含んだ土壌で育てられた野菜が減っているために、そもそもの摂取量が足りていません。
もう1つは、過度のストレスに晒されていることです。マグネシウムは、ストレスがかかると細胞内にとどまることができず、どんどん体外へ失われます。
そのストレスには、精神的なものだけでなく肉体的なものも含まれます。
たとえば、極度に寒い状態に置かれていれば、尿に排出されるマグネシウム量が増えることがわかっています。
医薬品の使用によってもマグネシウムは減ってしまいます。
利尿剤を使えば尿に排出されるマグネシウムが多くなるのは理解できると思います。さらには、経口避妊薬(ピル)や副腎皮質ホルモンなども影響します。
私がとくに懸念しているのが、胃酸分泌を抑えるPPI(プロトンポンプ阻害薬)です。
PPIは、胃潰瘍や逆流性食道炎の患者さんによく処方されるので、飲んだことがある人も多いでしょう。しかしPPIは胃酸の分泌を抑制するため、ミネラルの吸収においてはマイナスに働きます。
ちなみに、加齢もストレスの一種ですので、高齢者になるほどマグネシウム不足による症状が出やすくなります。
ただし、若ければ大丈夫というものではありません。チェーン店のハンバーガーやコンビニのお菓子ばかり食べているような、ジャンクフード育ちの若い世代では、マグネシウム不足が深刻な問題です。
つい最近の外来での出来事です。高校生の娘さんが朝起きれず、元気もなく心配という相談を受けました。よくよく話を伺うと典型的な偏食があり、マグネシウムを含む食品が嫌いというケースでした。
仕方がないのでサプリメントによってマグネシウムを補充してもらったところ、しばらくして元気を取り戻し、朝も起きられるようになったということでした。
満尾正(みつお・ただし)/米国先端医療学会理事、医学博士。1957年横浜生まれ。北海道大学医学部卒業後、内科研修を経て杏林大学救急医学教室講師として救急救命医療の現場などに従事。ハーバード大学外科代謝栄養研究室研究員、救急振興財団東京研修所主任教授を経た後、日本で初めてのアンチエイジング専門病院「満尾クリニック」を開設。米国アンチエイジング学会(A4M)認定医(日本人初)、米国先端医療学会(ACAM)キレーション治療認定医の資格を併せ持つ、唯一の日本人医師。著書に『世界最新の医療データが示す最強の食事術 ハーバードの栄養学に学ぶ「究極の健康資産」の作り方』(小学館)など。