昔とまったく同じ材料を使い、同じ方法で打った蕎麦というものは、もうどこにもないのだろうか。
できれば、それを味わってみたいが、叶わぬ願いなのだろうか。
しかし、ひょっとして、地方の小さな村や町に、そういう伝統が細々と残っているということはないのだろうか。蕎麦職人が懐かしんだ、あの味に近い蕎麦は、地方に残された郷土蕎麦の中に、もしかしたら発見できるかもしれない。
そう思って10年ほど前から、各地の蕎麦処と呼ばれる土地を歩き始めた。
今回は、そのようにして訪れた地域のひとつ、越前おろし蕎麦で有名な、福井県・今庄の蕎麦をご紹介しよう。
福井県には、蕎麦が名物となっている町がたくさんある。福井、大野、丸岡などの名前を聞くと、蕎麦好きは、ちょっと喉の奥が、むず痒くなるかもしれない。
そうした名産地の中でも、今庄は別格だ。南越前町・今庄。昔ながらの蕎麦の面影を、色濃く残している地域だ。
ここで栽培されているソバは、福井の他の地域と比べても一回り小粒で、優れた風味を備えている。この地では、昔は、ソバの栽培は焼畑で行っていた。それを生粉打ち(きこうち)、いわゆる十割蕎麦で食べていた。そのころの蕎麦は、さぞかしおいしかったことだろう。