取材・文/鳥海美奈子
ヨーロッパのなかで、ドイツは環境問題において先駆的な役割を果たしてきました。農業大国のドイツでは、1970年代から早くも農薬や化学合成肥料の使用による健康被害への意識が高まっていたのです。
そんなドイツでは現在、ワインもオーガニックが増えつつあります。ドイツには全部で13のワイン産地がありますが、なかでもラインヘッセンはドイツにおけるビオワインの中心地です。現在、ドイツのブドウ畑の7.3%がオーガニックで、2018年は9300haとこの10年間で2倍以上に増えています。そのうち2/3は、ラインヘッセンをふくむラインラント・ファルツ連邦州にあるのです。
1985年、ドイツにオーガニックワイナリー協会「エコヴィン(ecovin)」が立ち上がりましたが、その本部が位置するのもラインヘッセンです。
ラインヘッセンの周囲には山や森があり、それが雨をさえぎるため年間降水量は約600mmと少なく、さらには年間日照時間は約1700時間にのぼる温暖な気候です。そんな環境下ではブドウの樹は病気になるリスクが低く、オーガニック農法をやるには最適なのです。
さらには2001年、ラインヘッセンに「メッセージ・イン・ア・ボトル」という若い生産者団体が立ち上がったことも、こういった流れと無縁ではありません。高度経済成長期に盛んに造られた量産甘口ワインではなく、テロワールを映した辛口ワインを造ろうという志をともにするグループで、そこに所属する生産者のなかには、素晴らしいワインを造るためにはブドウをオーガニックで栽培するのは必須と考える人も少なくなかったのです。
その「メッセージ・イン・ア・ボトル」を立ち上げたのがヴィットマンです。このワイナリーでは80年代からすでにビオのブドウ栽培を実践、さらに現当主のフィリップさんの代になり、2004年からバイオダイナミック農法を始めました。ヴィットマンが持つ畑のなかでも特級畑として名高いモアシュタインは石灰質土壌で、そこで栽培された辛口のリースリングは精巧なミネラル、透明感のある伸びやかな味わいになります。
辛口だけでなく最高級の甘口「モアシュタイン・リースリング・アウスレーゼ」も魅力的です。充分に熟したブドウの房のみを選りすぐったデザートワインで、ライムやイチジク、完熟したパッションフルーツにややスパイシーな香りも交じり、余韻には優美な甘みと酸が感じられます。
やはりこのグループに所属していたシュテンペルは2005年からビオ栽培に取り組んできました。現在では、世界最大級のオーガニック振興組織BioCの認証を取得しています。
シュテンペルはラインヘッセン西部のジーファースハイム村に畑を持ちます。ここは火山性土壌のためワインは溌剌とした、緊張感のある美しい味わいに仕上がります。さらに畑は急勾配の南向き斜面なので、冷涼なドイツの気候ながら熟したブドウを収穫することができるのです。ドイツでは伝統的なシルヴァーナというブドウ品種を使った白ワインはリンゴや洋梨、ハーブの香りがあり、液体はつややかで美しい酸と力強く長い余韻も楽しめます。
さらに近年、注目を集めているのがホフマンです。ドイツはじつは全世界で生産される20億本のスパークリングワインの4分の1近くを消費するスパークリング大国で、それだけに熾烈な競争が繰り広げられています。そのなかで近年、ホフマンのスパークリングワインはドイツ現地のワイン専門誌などでも高く評価されているのです。このワイナリーは、すべての畑でビオを実践して2019年から認証も得ました。
ホフマンの畑もヴィットマンと同じように石灰質土壌で、そのため透明感のあるワインに仕上がります。自らの畑のなかでも最上の区画のブドウを使った「ファット・フリッツ・ルーラル」はミュラー・トゥルガウというドイツで昔から栽培されてきたブドウ品種を使っています。さらにブドウの収穫量を50hl/haと抑えめにすることで、ブドウの質を高めているのです。完熟したブドウを使うため糖分添加の必要もありません。その味わいは熟したマスカット系の果実感があり、冷涼なドイツらしい酸と複雑さを兼ね備えたものになっています。
写真/German Wine Institute
取材協力/German Wine Institute
取材・文/鳥海美奈子
2004年からフランス・