文/内野智子
単身日本に渡り、一から修行して赤坂にお店を構えた陳龐湧さん。誰一人頼る人のいない日本で、辛酸をなめながらも日本と中国のかけ橋になりたいという強い信念のもと都内に7店舗を構えるまでに成功しました。その原動力となったのは、陳さんがこだわった料理の数々。いまや名物となった頂天石焼麻婆豆腐、名物の鉄鍋ゴマ棒餃子、日本で初めて紹介した麻辣刀削麺やよだれ鶏……。自分の味は決して変えない、本場の香辛料・調味料を使う、常に新しい料理に挑戦する。オープン以来23年、変わらなかったそのこだわりについてお聞きました。
祖父から受け継いだ高い志と努力し続ける大切さ
陳さんが頼るもののない日本でレストランを開くことになったきっかけは陳さんの祖父にあるそうです。祖父は酒造業で財を成した資産家で、地元で愛されるレストランのオーナーでもありました。食通の美食家であった祖父に可愛がられた少年時代、陳さんはさまざまな本物の味に出会います。
「数多くの美味しいと評判のお店でたくさんの料理を食べさせてもらいました。その原体験があるため、私の舌と味のセンスは人よりも少し良いのかもしれません。祖父の遺伝子を受け継いでいるというのもあるでしょう。
しかし、文化大革命によって祖父は資産も名誉もすべて奪われてしまいました。それでも祖父は持ち前の明るさと美味しい料理で家族に希望と明るさを与え続けてくれました」
そんな祖父の、どんな時でも最後まで希望を捨てず、高い志を持ち、努力をし続ける姿が今も忘れられない陳さん。その祖父の意思を受け継ぎ、日々精進しているそうです。
「祖父の夢をこの日本で叶えたいと思っています。そのためにも常にすべてのお客様に美味しい、楽しいひとときを提供することを考えています」
こだわりのスープと香辛料
その信念に基づいた陳家私菜の料理は、各店で朝一番に親鶏を煮込んでスープを作るところから始まります。このスープは1号店開店以来、研究を重ねてきたもの。
「私のお店のすべての料理の基本となるものです。ですから手抜きはできません。鶏は毛が付いたまま契約養鶏場から届き、それを一度焼いて毛を取ってからまるごと鍋に入れます。お店の規模によりますが、1日3~5羽を煮込んでスープを作り、一日で使い切ります。この濁ったスープには旨みがいっぱい溶け込んでいるんですよ」
もうひとつ忘れてはいけないのが中国料理の味を決めるといっても過言ではない香辛料や調味料。日本はもちろん中国でも手に入りにくい一級品を陳さん自らが中国を訪れて仕入れています。
「香辛料、とくに唐辛子は中国料理にとってとても重要です。唐辛子によって味・香り・辛みが違い、当店ではいくつもの唐辛子を使い分けています。なかでも自家製のラー油や豆板醤に使っている二荆条唐辛子、石柱红唐辛子、貴洲小米椒唐辛子は特別で、日本では絶対に手に入りません。二荆条唐辛子は香りを、石柱红唐辛子は綺麗な赤色を、貴洲小米椒唐辛子は柔らかな辛みを出してくれます。これらをブレンドすることで当店オリジナルの香りよく、柔らかな辛みを持ち、色も鮮やかな旨みとなるのです」
こういった希少な香辛料は数が限られているため、陳家私菜の味を保つためには現在の7店が限界なのだそうです。今では日本にも多くの中華食材や調味料が輸入されていますが、そういった貴重な食材を手に入れるため陳さんは2~3か月に一度自ら中国へ赴いています。
「日本に輸入されるのは使いやすい手ごろな価格のものがほとんどです。中国でもあまり使われないような高品質で高価なものは、日本には届きません。なかには中国人でさえ簡単に仕入れさせてくれない希少なものもあります。たとえば昔ながらの方法で小規模で作っているようなものは、自分が出向いて生産者の方々と関係を築かないと手に入れられません。(自然のものですから)年によって味が変わってしまうこともあります。そのため、季節ごとに必ず自分の目で確かめた良い商品を仕入れています」
そうすることでいつでも美味しい料理を提供することこそが陳さんの信念です。だからレトルトや冷凍物などもほとんど使いません。
「すべて各店で一から作っています。それを知っていただきたいと、どのお店もオープンキッチンにしました。刀削麺を削るのも、豆板醤やラー油を作るのも各店で手作りです。そのため、お店によって味が変わったりしないように必ず私や総料理長の湯が常にチェックしています」
湯さんは陳さんがその腕にほれ込み、中国の一流中華料理店から引き抜いてきたそうです。陳さんが作り上げた陳家私菜独自のレシピをさらに磨きあげ、陳さんの信念であるお客様の「美味しい」のために腕を振るっています。
陳家私菜が提案する新作料理の数々
「香辛料や調味料は毎回、だいたい30種類前後を仕入れますが、常に新しいものも探しています。良いものをどんどん取り入れることで味を進化させ続けることができるからです。基本は変わりませんが、いつもチャレンジは忘れません。同じ料理を出し続けていれば、どんなに美味しくても次第に飽きられてしまいます。ですから、いつも新たな料理を考えるようにしています」
最初に考えたのは現在も人気が高い頂天石焼麻婆豆腐。定番料理だからこそ、最高の味を提供したいという思いから韓国料理をヒントに作り上げました。
「麻婆豆腐は冷めるとどうしても香りが少なくなり味が落ちてしまいます。最後まで温かく食べられる方法はないかと試行錯誤していた時に、石焼という料理法に出会いました。これによって最後まで温かい麻婆豆腐を提供できます。
最初に熱さが、次に辛さが、次にしびれ、そして旨み、最後には甘みと複雑な味を順番に感じられるようになったと思います。しかも見た目、音、香り、食感と五感に訴えかけられる料理になりました。最後まで印象に残る麻婆豆腐になったと自負しています。他のお店でも真似して出すようになりましたが、じつは当店で商標登録しているんですよ。これまで当店で修行して独立していった料理人たちもこの石焼麻婆豆腐をお店で提供し、好評を得ているようです」
もうひとつ人気が高いのが刀削麺。これも1号店のオープン時から提供しています。
「麺の発祥の地と言われる山西省で修行しました。刀削麺はパスタの起源とも言われているほど中国では歴史のある麺です。今でも毎日、粉と水だけで麺を手作りします。生地は発酵し続けてしまうので、作ったその日のうちに使い切るのが基本。冷凍したり添加物を入れれば保存も効くのですが、そうすると味が落ちます。弾力や歯ごたえを考えると、今の方法が一番なのです。残った場合もまかないにしてしまいます」
モチモチとした食感で旨みの強い麺、辛さだけでなく香りと旨みが感じられるスープ。その人気は高く1日300~500食作っても売り切れてしまうことがほとんどだといいます。
ほかにも、よだれ鶏や鉄鍋ゴマ棒餃子など、中国に昔からある料理から、日本人向けに新しく開発したものまで、新しい料理の開発に余念がありません。
「四川料理の代表格であるよだれ鶏は、当時まだどこも提供していなかったと思います。その美味しさをぜひ日本に紹介したくて取り入れました。本場の味を再現しつつ、美味しいだけじゃなく健康にもいいものをと15種類の香辛料や調味料、漢方を使いアレンジしています。
鉄鍋ゴマ棒餃子も美味しいだけじゃなく健康にも留意して考えました。皮にゴマを練り込んでいるのですが、これが大変でした。普通に練り込んで焼くだけだと先にゴマが焦げてしまい美味しくない。工夫を重ねて現在の形になりました。
いま考えているのは「中華風ステーキ」。日本の和牛に合う、中華と漢方を融合させた香辛料の効いたステーキソースを作り出したいと取り組んでいます。5~6年前から考えていて、ようやく少し見えてきたところです」
ほかにも新しい料理のアイデアは尽きません。これからの時代は美味しいだけじゃなく健康にも良いことが大切と考えているそうです。
「ラードを米油にしたり、漢方を活用したり、体にいいものを取り入れたいと思っています。野菜料理もワンパターンに油で炒めるのではなく、他とは違う料理方法を提供したいと考えているのです」
日本と中国の懸け橋になりたい、いつもお客様に美味しい、楽しい料理を提供したい。そんな陳さんの信念のもとに作り出される料理はこれまでの中華料理の概念を覆し、誰も見たことも食べたこともない最高のひと皿になるに違いない。
昨年売上げ一位を記録した、チャイナフェスティバルに、今年も出展される予定。今年は9月8、9日に、東京の代々木公園イベント広場にて開催されます。
陳龐湧(chin ban yu)さん
1962年、中国・上海生まれ。1988年に日本語を勉強するため来日。大学を卒業する前に、三井物産に入社、続いて三菱商事に転職するも数年で退社。ヒルトンホテルの厨房に下働きとして入る。さまざまなレストランでの修行を経て1995年、赤坂に第1号店をオープン。
湧の台所 陳家私菜赤坂一号店(港区赤坂3-19-8 赤坂ウエストビルB1F)
ミスターチンズダイニング 赤坂二号店(港区赤坂3-12-1 フロレンス赤坂ビルB1F)
正統派中華 陳家私菜渋谷店(渋谷区神南1-16-3 ブルーヴァールビルB1F)
路地裏本格中華 陳家私菜五反田店(品川区西五反田2-26-2 桔梗ハイツ2F)
路地裏本格中華 陳家私菜新宿店(渋谷区代々木2-15-9 加藤ビル1F)
路地裏本格中華 陳家私菜秋葉原店(千代田区神田和泉町1-1-12 ミツバチビルB1F)
正統派中華 陳家私菜有楽町店(千代田区丸の内3-1-1 国際ビルB1F)
http://www.chin-z.com/
文/内野智子 撮影/乾 晋也