160年も経った種実は、まだ生きているのか。ちゃんと発芽して実を結ぶことができるのか。天井裏から出てきたソバは、あちこちの専門機関に送られ、栽培が試みられた。
だが結果は全滅。注意深く発芽試験を行ったのだが、どこの研究機関でもソバが芽を出すことはなかった。栽培試験の結論は「すべての種子で胚は発芽活性を喪失、成長能力はない」とのことだった。
そこで最後の望みを託されたのが、今回僕に招待状をくれた鈴木製粉所の先代の社長、鈴木彦市さんだった。鈴木さんは農家に伝わる昔からの言い伝え「ソバを播くときは、水はいらない」という言葉を忠実に守って栽培を試みた。ミズゴケを細かく切り刻み、その上にソバを播き、ミズゴケに含まれているごく少量の水分だけで育ててみたのだという。その結果驚いたことに、160年前の種実が芽を出したのだ。喜びに湧く人々。小さな双葉は「天保そば」と名付けられた。
数粒の種から芽を出したソバは、少しずつ栽培量を増やし、今年、試食会を行うのだという。僕はすぐに電話をして、必ず伺いますからと、席を確保しておいてもらった。
試食会の日、現在この種を管理している育種の専門家、横川庄栄さんにお話をうかがうことができた。これがまさにタイムマシンで入手した蕎麦の物語。聞けば聞くほど、興味が深まる話だったのだ。
まず、このソバの個性だが、現代のソバからは考えられない、実に多様な個性の種実が入り交じっているのだという。
品種改良されていない、こういう昔ながらのソバは「在来種」と呼ばれている。天保そばは、いわば160年前の在来種なのだ。