取材・文/わたなべあや
その昔、空海が開創した高野山。世界遺産としても知られ、歴史を静かに見守ってきた杉の巨木が林立する大自然のなかに、百十七ヵ寺が集う神秘的な霊場です。
そして、この地域の食文化の発展とともに誕生したのが「胡麻豆腐」です。今回は、高野山の門前町の中心部から少し南に入ったところ、山あいの閑静な住宅地にある『濱田屋』の胡麻豆腐をご紹介します。
■参詣へのねぎらいとお大師様への感謝をこめて
明治初年に創業した濱田屋さんは、創業当時は、高野豆腐の製造用や山内の寺院の食事用の木綿豆腐を作る店でした。しかし、高野山で高野豆腐が作られなくなったため、お土産として胡麻豆腐を作るようになったのです。
その後、高野山の食文化の歴史と共に長い道を歩んできた濱田屋さん。お店では、胡麻豆腐を作る時に当主の濱田朴穏さんが「般若心経1巻」と、お大師様の「御宝号3遍」を唱えるのだそう。これには、遠路はるばる参詣に訪れた方々への感謝の気持ちや、「美味しい胡麻豆腐になりますように」というお大師様への願いが込められているそうです。
■高野山の風土に育まれる「胡麻豆腐」
濱田屋の胡麻豆腐は、胡麻と吉野本葛、そして高野山の清らかな静水が三位一体となってできるもので、聖地の風土が育む胡麻豆腐です。
弘法大師は高野山に7つの弁財天社を祀ったのですが、なかでも、濱田屋のすぐ近くの山には、高野七弁財天のひとつである圓山弁財天(まるやまべんざいてん)、水の神様が祀られています。
お店では、そんな山の恵みである美しく潤沢な水を使って、胡麻の皮を取り除いて磨きをかけ、葛を練り、胡麻豆腐を冷やし固める作業が行われるのです。
吉野本葛で固められた胡麻豆腐は、もっちりとしていて絹ごし豆腐以上のきめの細かさ。一見はかなげに見えるのですが、箸でも器に移せるほどの弾力性に富み、葛の透明感がみずみずしさを感じさせます。
しかしながら、口中の温もりだけですっと溶けていく口溶けの良さは吉野本葛だからなせる技。そっと口に運ぶと、洗練された胡麻の甘く濃厚な香りが広がります。また、濱田屋の胡麻豆腐は、胡麻の皮をむいてあるので油っぽくなく、コクがあるのにすっきりとした風味です。
■冷やしてつるりと、温めてまったりと
きりっと冷やした胡麻豆腐に、わさび醤油や生姜醤油を好みでかけていただくのが定番の食べ方です。醤油は、胡麻の風味を生かす薄口醤油がおすすめ。また、メープルシロップや黒蜜、和三盆をかけて召し上がればデザートにも。クリーミーな胡麻の風味と上品な蜜の甘みが絡み合います。
胡麻豆腐といえば冷やして食べるものかと思いきや、濱田家の食卓には、小さく切ってお吸い物に入れた胡麻豆腐が登場したとのこと。あまり加熱しすぎると葛が溶けてしまうのですが、温める程度なら大丈夫です。
鍋物に入れるとまるで白子のような食感に。昆布だしに少し醤油をたらしたところに胡麻豆腐を入れ、人肌程度に温めて酒の肴にしてみてはいかがでしょうか。
そんな濱田屋の胡麻豆腐は、店頭で購入したり召し上がったりすることができますが、取り寄せることも可能です(一部地域を除く)。高野山の深緑を思わせる装丁の箱は薄紙で包まれていて上品。小豆色の紙紐でちょいとくくられているところが小粋です。
無添加なので日持ちはしませんが、喉越しがいいのであっという間に食べられます。残ったら、半分はおかずや酒の肴に、後の半分はデザートにすると倍楽しめます。
【濱田屋】
住所:和歌山県伊都郡高野町高野山
TEL:0736-56-2343
FAX:0743-56-3075
Webサイト:http://koyasan-hamadaya.com/
取材・文/わたなべあや
1964年、大阪生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。2015年からフリーランスライター。最新の医療情報からQOL(Quality of life)を高めるための予防医療情報まで幅広くお届けします。趣味と実益を兼ねて、お取り寄せ&手土産グルメも執筆。