文・写真/鈴木隆祐
B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。
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東京・板橋駅の界隈は不思議な町で、埼京線で池袋から一駅なのに、グッと下町めいてくる。東武東上線の大山も近い雰囲気なのだが、より混沌としており、中華に洋食、大衆酒場とユニークな実用食堂が残っているエリアだ。
都営線の新板橋駅を降りてすぐのマンション地下に、古式ゆかしきボウリング場「東京プラザボウル」が入っているのも魅力のうち。今日日、ここくらい昭和が残存した空間は珍しかろう。
その同じビルの2階に、これまた古色蒼然たる喫茶店「パーラーかなめ」がひっそり営んでいる。
古いけれど、外観や調度品などにちょっと高級感がある。ボウリング全盛時の開店当時はけっこう洒落たスポットだったのだろう。
その店外に向けて掲示されたホワイトボードのメニューを見て、わが目を疑った。今どき、コロッケなど具が乗ったカレーが500円から。プラス150円でサラダとドリンクがつくのも、よい意味で時代錯誤だ。
店内は思いがけず広く、奥の円テーブルで、近くの北園高校の生徒がいかにもミーティングでもしていそうだが、マンション竣工の時点の経営者から30年前に店を引き継いだ主によれば、学生は滅多に来ないそうだ。自分が高校生だったらきっと入り浸るのに、と思うと、いかにも残念な傾向である。
日替りランチの時間は過ぎていたが、軽食も写真のメニューにあるよう、350円のトーストから1000円のビーフシチューセットに至るまで大変充実。喫茶のお約束のナポリタンかどうもご自慢らしいカレーかで迷った挙げ句、中を取る感じでオムライスを注文。これさえ550円だ。むろん、150円でサラダとドリンクもつけてもらう。
供されたオムライスは、予想以上にでっぷりとしたボリューム。中のライスはあっさりとしつつ、海老の香味にアタックがあり、ドミグラスソースとの取り合わせも意外だった。
卵はふわとろとは言えないが、しっかりとライスを覆っており、ドミグラスソースとケチャップが一緒にかかっているところに妙味がある。
スプーンでザクッと割ると、覗いたチキンライスにはちゃんと海老が入っている。チキンライスの味つけは控えめで、そこでドミグラスソースが効果を発揮する。
ざっくりと切られたキュウリとトマトが存在感を示すサラダも嬉しい。あらかじめかかったドレッシングがくどくない。オニオンスープもコンソメはともかく自家製だ。
食後にレモンスカッシュも頼んでみた。これも昔ながらのシロップを使った上に、かなり厚めのレモンスライスが添えられている。折からの蒸し暑さが堪えていた身にはたまらない爽快な飲み応えで、オムライスにもバッチリ合った。
見るからに懐かしいレスカ。弾けるような炭酸に、青春の甘酸っぱさが甦る。
こうした昭和喫茶はまだまだ残存するが、店主一人でこじんまり営業する店にしては、手作りの洋食に力点が置かれた、いかにもこの町らしい佳店だ。こんな発見があるので、板橋という町はいつも気になるのだ。
【今日の実用食堂】
『パーラーかなめ』
■住所:東京都板橋区板橋4-6-1
■営業時間:9:00~19:00
■定休日:木曜
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html
文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。