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余命を悟った正岡子規が自分のために綴った墓碑銘【漱石と明治人のことば194】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「明治三十□年□月□日没ス 享年三十□ 月給四十円」
--正岡子規

夏目漱石の親友で俳人でもあった正岡子規は、結核に罹患し喀血したため、早くから自分の余命(死)を意識していた。

それは、明治31年(1898)7月13日に友人の河東可全あてに書いた手紙にも如実にあらわれていた。子規はこんなふうに書いた。

「アシャ自分ガ死ンデモ石碑ナドハイラン主義デ石碑立テテモ字ナンカ彫ラン主義デ字ハ彫ッテモ長タラシイコトナド書クノハ大嫌イデ(略)万一已ムヲ得ンコツデ字ヲ彫ルナラ別紙ノ如キ者デ尽シトルト思ウテ書イテ見タ コレヨリ上一字増シテモ余計ジャ」

そして、墓碑に刻むべき文字を書いた1枚の紙を、手紙とは別に封入した。その末尾に綴ったのが、掲出のことば。子規はこの頃、数え32歳。□にしてあるのは未確定の文字だが、数年のうちには鬼籍入りすることを明確に自覚している。

それにしては、手紙文の底に漂う明るさは何だろう。この明るさが、多くの友人や門下生を惹き付けた子規の魅力のひとつであったように思える。別紙の方の結びの「月給四十円」というのもいい。特筆するほどの高給ではないのだが、好きな仕事で自活できるのが嬉しかったのだろう。子規の、ちょっと誇らかな笑顔が目に浮かぶ。

子規が別紙に書いた全文(107 文字)も、改めて掲げておこう。

「正岡常規 又ノ名ハ処之助又ノ名ハ升又ノ名ハ子規又ノ名ハ獺祭書屋主人又ノ名ハ竹ノ里人伊予松山ニ生レ東京根岸ニ住ス 父隼太松山藩御馬廻加番タリ 卒ス 母大原氏ニ養ハル 日本新聞社員タリ 明治三十□年□月□日没ス 享年三十□ 月給四十円」

常規は子規の本名。幼名が処之助で、升は通称。子規と獺祭書屋主人、竹ノ里人は自ら名乗った号である。松山の友人や門弟は、通称の升から「ノボさん」と呼び習わし、漱石をはじめとする東京の友人たちは「正岡」と呼んだり「子規」と書くことが多かった。

子規はこの4年後の9月19日に没した。墓は東京・田端の大龍寺にたてられ、傍らの墓誌には上の107 字がそのまま使われた。

ちなみに、私の祖父は学者肌にして文人趣味のあった人で、桐箱入りの『大日本史』『野史』をはじめとする数百冊の和綴本や、革装の『大言海』や『言泉』、和洋両装の『日本名所図絵』などを収集する一方で、この子規の墓誌の拓本をも蔵していた。

いま額装されたその拓本が、この原稿を書いている私のすぐ傍らに、ほほえむ如くある。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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