文・写真/鈴木隆祐
B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。
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今はインバウンド観光客で沸く浅草も、数年前まではほぼ週一ペースで、数館残されていた名画座に通った愛すべき町。あまりに通うもんだから、行き帰りになにを喰うかは大命題だった。
元来、観光客相手のしようもない店と近隣住民に愛される老舗とが混在する浅草だが、六区の裏まで来て言問通りを越えると、ほぼ地元民相手の、掛け値なしの商売をする店ばかりになる。
ぼくはここいらを「奥浅草」と勝手に名づけていたが、昨今は南千住側をそう呼ぶらしいので、せいぜい「裏浅草」としておいたほうがよさそうだ。
裏浅草でそんな時、重宝するのが「とんかつ やまと」だ。
とんかつは上野や浅草界隈に名店多し。とはいえ、お値段も張ることが多い。アルコール類も同様にお高いので、じっくりも飲めないのだ。だから、実用食堂的な安らぎはそこに期待できない。
「とんかつ やまと」は、ランチだと750円と、かなり安価なロースカツ定食もお値打ちだが、夜に来訪し、串カツやレモン風味が独特の海老バター焼きなどをつまんで呷るビールは上々である。
が、なんと言っても、こちらはロース生姜焼きが秀でている。もっとも、見た目はいわゆるトンテキに近い厚切りで、ポークソテーと呼ぶべきかもしれない。同店の場合、生姜もだが、玉ねぎもたっぷり入った、肉になみなみとかかるソースがウリなのだ。
要はシャリアピン・ステーキ風。肉は見事に赤味を保ったレアに焼けており、ナイフでカットすれば肉汁が溢れ出る。そこにこのソースを絡みつける。玉ねぎの甘みが生姜の刺激と相まって、堪えられない旨みを醸す。それはライスを即座に所望せざるを得ない濃厚さだ。
しかし、あくまでビールによってこの旨みに耐える。となると、琥珀色の液体はまるで滝のように、軽快かつ大量に喉を流れ過ぎる。ああ……快感!
しかも、こちらの店はオールドを1杯300円と破格のサービス価格で提供してくれる。道理でどの料理も、水割りにピタッとハマる大人の味わいだ。
盛り場の主役をいくら新宿副都心に譲っても、今でも浅草は大衆的で、栄養価高く、なおかつ美味と、
【今日の実用食堂】
『とんかつ やまと』
■住所:東京都台東区浅草5-9-8
■営業時間:11:30~13:30、17:00~21:30
■定休日:木曜
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html
文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。