文・写真/鈴木隆祐
B級グルメは決してA級の下降線にはない。それはそれで独自の価値あるものだ。酸いも甘いも噛み分けたサライ世代にとって馴染み深い、タフにして美味な大衆の味を「実用グルメ」と再定義し、あらゆる方角から扱っていきたい。
* * *
ぼくが住むのは東京西部で、城南エリアは遠いのだが、大井町にはなじみが深い。かつて存在した名画座に足繁く通ったからだが、今も取材や打ち合わせなどが品川であると、「一駅ずらせば宝の山」と豪語しては、食事に案内したりする。
そうすると、大井町の駅を出て少し周辺を歩くだけで、「こんなにも旨そうな店がたくさんあるのか!」と、土地勘のない相手は感激してくれるのだ。
中でも『プロヴァンス』という洋食屋が、とりわけ素晴らしい。駅前喫茶風の佇まいだが、一言でいえば“昭和のハイソな家庭料理を出す店”。あるいは「上級実用食堂」とでも名づけようか。店主の「他所の洋食とは違うゾ」という矜持が、そこかしこに覗くのだ。
プロヴァンスの創業は1968年。更新が滞っているが、いちおう味わい深いウェブサイトもあって、「オープン当時からメニューは変わっていません。当時のレストランといえばこんな感じだったのではないでしょうか」などと書かれている。
一口に洋食屋といっても、フライパンオンリーか、レンジを活用するかで、メニューは当然変わる。プロヴァンスのメニューには若鶏のレバー銀串焼きなどのブロシェットもある(母がオーブンを駆使する料理を好んだので、我が家ではよく夕食に出た)が、他にもグラタンやドリア類が豊富で、オーブン使いに自信のある証左といえよう。
まず注文した「若鶏のカツレツ ポルトガル風」(1000円)も、油で揚げずにオーブンで焼いたもの。衣と肉の間に挟まった炒め玉ねぎの甘みが芳ばしく、恐ろしい勢いでビールを干してしまった。
レバー料理が多いのも、こちらの特徴。細かく切ったチキンレバーが入ったリゾット風ライスの上にチキンピカタが乗った「ミラネーズ」(1100円)も、肉と米の間に振りかけられた粉チーズの加減も絶妙で、期待を裏切らない。
が、この店でのイチオシは何と言っても『オペラ』(1100円)だ。炒めたレバーをドミグラスベースのソースで仕上げ、バターライスの上にかけ、チーズを降ってオーブンで焼き、目玉焼きとホワイトアスパラをトッピングした一品。レバー好きなら悶絶するほど旨い。
ある時、こちらのベシャメルを味わいたくて、オペラのソースをドミグラの黒から白に変えてもらったら、個人的には大当たり。レバーの臭みを押さえるワインが強く感じられ、ぐっと大人の味になった。
これらを1合300円と安い日本酒で楽しむ。酒類の安いのも嬉しい限り。また、日本酒に合うメニューがこちらは多いのだ。
懐かしい「当時のレストラン」が喪われゆく今、このプロヴァンスは貴重な店である。いつか数人で集まり、メニューを端から食べ尽くしたいという欲求に駆られる。近所に住む人がつくづく羨ましい。
【今日のお店】
『プロヴァンス』
■住所/東京都品川区東大井5-17-4
■アクセス/JR京浜東北線「大井町」駅中央口から徒歩2分
りんかい鉄道りんかいせん・東急大井町線「大井町」駅東口より徒歩約2分
■営業時間/平日・土曜 11:00~21:00、日曜 12:00~21:00
■定休日/火曜
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-26157-8.html
文・写真/鈴木隆祐
1966年生まれ。著述家。教育・ビジネスをフィールドに『名門中学 最高の授業』『全国創業者列伝』ほか著書多数。食べ歩きはライフワークで、『東京B級グルメ放浪記』『愛しの街場中華』『東京実用食堂』などの著書がある。