「色絵薄墨墨はじき四季花文酒器」十四代今泉今右衛門

日本酒の味わいは、酒器によっても大きく変わることをご存じでしょうか。同じお酒でも、グラスで飲むか、お猪口で飲むかで、香りの立ち方や口当たりがまったく異なります。今回は、日本酒をより深く楽しむための酒器の基礎知識をご紹介します。

文/山内祐治

日本酒用酒器の種類にはどんなものがある?

日本酒の酒器には、実に多様な種類が存在します。飲むための器だけでなく、お酒を注ぐ器も含めると、その種類はさらに広がります。

まず、飲むための器として最も身近なのがグラスです。特にワイングラスは、冷酒を楽しむ際に適しています。香りのある液体を美味しく飲むために設計されているため、吟醸香のある華やかな日本酒との相性が抜群です。また、薄張りのビールグラスやカットグラス(切子)なども夏場の冷酒に涼やかな印象を添えてくれます。

伝統的な器としては、盃(さかずき)があります。神事や結婚式の三三九度など、儀式的な場面で使われてきた最も古い酒器の一つです。液面と口鼻が近づくため、エタノールの香りを強く感じる一方で、唇に当たる面が広いため、口中全てで受け止めることができます。

お猪口(おちょこ)は、お燗酒を楽しむ際の定番です。両手で覆えるくらいの小ぶりで愛らしい形状が特徴。少し大きめのものは「ぐい呑み」と呼ばれ、じっくりとお酒を味わいたい時に重宝します。「唎猪口(ききちょこ)」という、底の白地と藍の二重丸で色・透明度を見比べやすくするテイスティングの実用品もあります。

唎猪口

変わり種としては、升(ます)もあります。もともとは量を測るための器でしたが、江戸時代には量り売りの際によく使われ、鏡開きの際にも登場します。角からではなく、辺の平らな部分に口をつけて飲むのが正式な作法とされています。

注ぐための器では、徳利(とっくり)が最も一般的です。ただし、徳利を“お銚子”と呼ぶのは厳密には誤りです。本来の「銚子」は儀礼で用いる柄付きの注器を指します。ただし、日常語では徳利を“お銚子”と呼ぶことも多い——と理解しておくと誤解がありません。

片口(かたくち)は、上部が開いた器で、片方から注げるようになっているのが名前の由来です。この片口については、後ほど詳述します。

おしゃれな日本酒の酒器選びで、五感を楽しませる

酒器選びの醍醐味は、目で見て美しさを楽しめる点にあります。デザイン性と機能性の両面から、自分好みの器を探す楽しさは格別です。

例えば、ガラスの片口は透明感が美しく、お酒の色合いを楽しめます。越前で作られる極薄の酒盃(越前焼)は、繊細な作りが芸術品のよう。陶芸作家が手掛ける器は、芸術性と実用性を兼ね備えた逸品として、日本酒と向き合う時間を特別なものにしてくれます。

伝統工芸の器も魅力的です。有田焼や九谷焼の酒器は、色絵の美しさが際立ちます。特に色鍋島の技法を用いた器は、その繊細な色彩が日本酒を引き立ててくれます。

器の素材によっても印象は大きく変わります。ガラスで飲めばクールでスマートな印象に、焼き締めの陶器ならほっこりとした温かみのある雰囲気に。釉薬を使った磁器で口縁が薄いものは、滑らかな口当たりを楽しめます。

このような酒器の文化は、西洋のワイングラスの歴史とも交わります。日本酒の多様性が広がる現代だからこそ、和洋を問わず、テーブルウェアやインテリアの一部として酒器を楽しむのも一興です。

日本酒を注ぐ片口とは? その特徴と使い方を知る

片口は、その名の通り“片方の口”から注げるように作られた酒器です。上部が開いた形状が特徴で、徳利とは異なる魅力を持っています。

最大の特徴は、空気との接触面積が広いこと。開いた形状と注ぎ口により香りが開きやすく、少量ずつ注ぎ分けがしやすいのがポイントです。空気に触れる(エアレーション)ことで味わいがまろやかになる日本酒には、特に適した器と言えるでしょう。

素材のバリエーションも豊富で、ガラス製なら涼やかな印象に、陶器製なら温かみのある雰囲気に。金属製の片口は、モダンな食卓にもよく馴染みます。

注ぎ口が一方向を向いているため、狙った場所に正確に注げるのも実用的なポイント。複数人でお酒を楽しむ際にも、扱いやすい器です。

冷酒に最適な日本酒の酒器の選び方

冷酒を楽しむなら、その冷たさを視覚的にも、触覚的にも感じられる器を選びたいものです。

やはり定番はワイングラスです。ガラスの透明感が冷酒のすっきりとした印象を引き立て、香りも存分に楽しめます。ガラスの徳利と合わせれば、見た目にも涼やかな演出ができます。

その他、錫(すず)の器もおすすめです。熱伝導率が高いため、器自体がひんやりと冷たくなり、手に持った時の冷たさも心地よく感じられます。ただし、温度が上がりやすいため、ゆっくり飲むよりは、程よいペースで楽しむのに向いています。

陶磁器や漆器で冷酒を楽しむのも、和の風情があって素敵です。竹の器なら、竹の香りがほのかに香り、これもまた一興。冷やす工夫がされた徳利など、機能性を追求した現代的な酒器も増えています。

日本酒の酒器としての錫の魅力とは? 金属器の特性を活かす

錫の酒器は、日本酒愛好家の間で根強い人気を誇ります。その理由は、錫ならではの特性にあります。

まず注目したいのが、味わいへの影響です。科学的な詳細はまだ研究途上ですが、錫の器を使うと、お酒の印象が柔らかくなると感じる人が多いのです。特に錫のチロリ(燗酒を温める器)でお燗をつけると、ほっこりとした優しい味わいになります。

錫は金属臭を感じづらいのも大きな魅力。お酒本来の香りや味を邪魔せず、当たりが柔らかい飲み心地を楽しめます。冷酒に使えば、器自体が冷たくなり、見た目にも手触りにも涼やかさを感じられます。高級感のある佇まいは、特別な日の食卓を演出してくれるでしょう。

錫と銅を混ぜた「砂張(さはり。佐波理、沙羅とも表記)」という茶道具や仏具で使われる素材もあります。錫だけの銀色に対し、「砂張」は金色がかった色合いで、より高級感が増します。お燗酒の世界では“錫は煮るイメージ、銅は焼くイメージ”と表現される方々がいらっしゃいますが、「砂張」はその中間の柔らかな印象を生み出します。

砂張の片口

まとめ。酒器で広がる日本酒の楽しみ方

日本酒の酒器は、単なる容れ物というだけではありません。視覚、触覚、味覚、嗅覚——五感すべてに働きかけ、お酒の味わいを増幅させる不思議な力を持っています。

まずは自分の好きな器から始めてみてください。気に入った器で飲むだけで、日本酒に向き合う時間がより特別なものになります。そこから少しずつ、器による印象の違いを楽しんでみましょう。ガラスで飲めばすっきりと、焼き締めの器ならほっこりと——同じお酒が、器によってまったく異なる表情を見せてくれるはずです。

酒器の背景にある文化や歴史に触れることも、日本酒の楽しみを深めてくれます。盃に込められた契りの意味や、片口の実用的な工夫、錫器の伝統技術——知れば知るほど、日本酒と酒器の関係が奥深いものに感じられるでしょう。

多様な酒器で、多様な日本酒を楽しむ。それこそが、現代の日本酒ライフの醍醐味です。ぜひ、お気に入りの酒器を見つけて、日本酒の新たな魅力を発見してください。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。

構成/土田貴史

 

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