炊き上がった昆布の佃煮は、笊(ざる)に移して煮汁を切り、広げて冷ます。

ここでしか買えない味『鮒佐』の佃煮

東京都台東区浅草橋2丁目。ここでしか買えない味が『鮒佐 (ふなさ)』の佃煮だ。包みを開けると、昆布、あさり、ごぼう、海老、しらすの佃煮が端正に詰められ、芳しい香りが漂ってくる。しっかりとした醬油の辛口で、ほんのひとつまみでご飯が進む。素材の風味が生きた雑味のない佃煮は、甘辛く煮詰めた品とは異なる江戸の味。

元祖「めしのせ」『鮒佐』の佃煮
曲物 4号
5520円 5種/180g
色は濃いが素材の風味がわかるきりっとした味。5種のほか穴子、季節限定で海苔なども。量り売りもあり。

創業は文久2年(1862)。佃煮の発祥は諸説あるが、幕末の頃、佃島(現、中央区佃)で雑魚を一緒くたに塩で煮たものを指す。そこに目をつけたのが初代で、醬油を使い、素材ごとに鍋を分けて煮るなどの改良を施した。以来、佃煮といえば『鮒佐』といわれ、その技は代々の当主に“佐吉”の名とともに継承されてきた。五代目の佐吉さん(59歳)も14年前に跡を継ぎ、次世代に繫げていく。

ごぼうの下拵えをする、五代目佐吉さん(右)と息子の真徳さん。

へっついに鉄製の鍋を設え、食材を入れる。
ナラ材を熾して30分もすれば江戸前の佃煮ができあがる。
火加減は食材ごとに異なり、薪火による細かな調整は視覚と勘がものをいう。

泉鏡花や小林秀雄らが好み、落語の『庖丁』に“旨いねぇ、鮒佐の佃煮は。兄貴は口が奢っている”と登場する佃煮はいかにつくられるのか。厨房は店の奥、半地下の土間にある。朝7時に五代目の大野佐吉さん、息子の真徳さん(29歳)そして職人の3名が揃い、佃煮づくりがはじまる。

「店頭販売のみですから(電話注文などは可)、前日の売れ行きや状況に応じて、足りないものを補充するといったところでしょうか」と佐吉さんが、へっつい(竈)の準備をしながら、素材の下拵えにかかる。昆布やしらすの水切り、生姜やごぼうの下処理、芝海老のヒゲ抜き、生海苔をたたくなど、必要な作業を黙々と、けれど藹藹(あいあい)と進めていく。

芝海老の下拵えに欠かせない“ヒゲ抜き”。菜箸で一気に抜く。
味の要となるタレ。代々のタレがベースになるが注ぎ足しではない。「そのまま注ぎ足すと、味がどんどん変わってしまう。穴子を炊くと脂が強く出るため、そこに元の煮汁を加えて味を戻すなど、調整を重ねています」

先人の技の積み重ね

熱源は薪火 。ガスのほうが火加減が容易、と考えるのは早計だ。「薪は火力が強すぎず、かつ弱すぎず。自然な強弱が味の機微に影響する」と、佐吉さんがへっついの火口に薪を入れるが、まだ火はつけない。ちょうどよく鍋が温まるよう、火が熾る空気の流れを読むという。火熾し、火加減、タレ(煮汁)、味付けの塩梅まで、「先代の仕事を踏襲し、身体で覚えるしかない。レシピはありません。味覚よりも視覚で、タレの泡の色や音など変化を見ながら炊き上げます」と、佐吉さんが火をつけて鉄鍋に素材を入れ、タレを注ぐ。火が静かに回り、湯気が立ち込めてくる。静かに爆ぜる薪の音や、醬油の香りも強まってきた。

へっついの薪はナラ材、火口は鋳物だ。音を聞き鍋の中を視認しながら火の調整を行なう。

佃煮というと長い時間をかけて煮込みそうだが、『鮒佐』では30分程度と短い。その間は適宜、アクを掬(すく)い、火の調整をする。艶やかな飴色に染まったら、煮篭を引き出し笊に移して煮汁を切れば、ほぼ佃煮は完成だ。笊に上げた一瞬の間に、へっついから鍋を外し、タワシで洗いすぐに次の素材を炊く。随時、無駄のない仕事ぶりだ。

鉄鍋のなかで昆布が炊き上がっていく。アクを取ること以外はせず、味見もしない。「味見をすると、タレの調味をそのときの体調や好みに合わせてしまう」と佐吉さん。経験と勘がすべてだ。
炊き上がったごぼうの煮籠を静かに上下させながら引き上げる。「家業に誠実たれ」という初代の信念を守り続ける使命を持つ。

最後のひと鍋が終わると、へっついの残り火で湯を沸かし、厨房を清める。代々の工夫と知恵を積み重ね、江戸の粋な「めしのせ」、『鮒佐』の佃煮は完成する。

『鮒佐』の店頭は五代目佐吉さんの母上と奥さんが切り盛りする。

鮒佐

住所:東京都台東区浅草橋2-1-9
電話:03・3851・7043
営業時間:9時~17時
定休日:日曜、祝日
交通アクセス:都営浅草線浅草橋駅から徒歩約1分、JR総武線浅草橋駅から徒歩約3分

取材・文/山崎真由子 撮影/泉 健太
※この記事は『サライ』本誌2024年3月号より転載しました。

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