30年ほど前に確立されたレシピを継承しアップデートを続ける老舗洋菓子店から、長く愛されるアップルパイの味づくりを学びました。
変わらぬおいしさを守るには吟味した素材を惜しみなく
『近江屋洋菓子店』
近江屋洋菓子店流 アップルパイづくりの奥義
●厳選したバターを用いたパイ生地を低温下で丁寧に延ばし、何層にも重ねてじっくりと焼き上げる。
●フィリング(りんご煮)は、厳選したりんごにカルヴァドス(※りんごを用いたブランデー。香り付けに用いる。)やナポレオンなどアルコールを加えてじっくりと煮込む。
●やわらか過ぎず固過ぎず。絶妙な歯ざわりのフィリングを1ホールに約500g。
●ぎっしり詰め込まれたフィリングを軽やかなのに風味豊かなパイ生地で包む。
ひと口かじれば芳醇で香ばしいバターの香りとともに、パイ生地の中からあふれる甘酸っぱいりんご煮のフィリング。「アップルパイといえば、やはりこの店」と多くの人から声が上がる『近江屋洋菓子店』の創業は明治17年(1884)。パンの小売りから始まり、戦後、本格的な洋菓子を手がけるようになった。手が届く価格でありながら、素材のよさがわかるおいしい洋菓子を求め、開店前から並ぶ人の姿もある。
「店の雰囲気を変えないことと、フレッシュでおいしいものを使うこと、このふたつは変わりません。いっぽうで、機械のほうが効率がよければ採用し、そのぶん人の手でしかできない部分に手間をかける。守るべきものと変えていくもの、それを見極めることが私の役割です」と話すのは、5代目店主の吉田由史明さん(32歳)だ。
低温下でパイ生地をつくる
店舗に併設する工房で、アップルパイづくりを担当する岡本一泰さん(42歳)に、工程の一部始終を見せてもらった。その動きは、流れるようにスムーズ。次々と花びら形のパイができ上がっていく。
幾層にも重なった軽やかなパイ生地の秘密は、厳選したバターをたっぷり使い、できる限り低温下で折り畳み、成形すること。フィリングに使うりんごは「ふじ」か「つがる」。煮崩れしにくく、生地の中で加熱されても甘みと酸味、香りと食感がしっかり残るのがこの2種類。産地は決めず、その時期に一番おいしいものを選ぶ。
現在のアップルパイのレシピはりんごの煮方、パイの形とも30年ほど前の先代店主の時代に確立された。現在はそれを継承しながら、最新の設備を導入している。
「昔からのレシピを守ることは大事ですが、それを意識しすぎると、時代に取り残された洋菓子屋になってしまう。少しずつアップデートしていかなければ」と吉田さん。
新物のりんごが届き始めるころ、フィリングのりんごが「ふじ」から「つがる」に代わるタイミングがある。パイの味も明らかに変わり、その変化を楽しみにしている常連客も少なくない。今の季節、店頭に並ぶのは、旬を迎えた「つがる」のアップルパイ。持ち帰ったパイは、表面が焦げぬようアルミホイルを被せ、オーブントースターで温めると、焼きたての味に近づく。長く愛される老舗の味を、楽しんでみてはいかがだろう。
近江屋洋菓子店(東京・千代田区)
東京都千代田区神田淡路町2-4
電話:03・3251・1088
営業時間:9時〜19時(土曜・日曜・祝日は10時〜17時30分)
定休日:無休(店内飲食は休業中)
交通:東京メトロ丸ノ内線淡路町駅から徒歩約2分
取材・文/永田さち子 撮影/泉 健太
※この記事は『サライ』本誌2023年11月号より転載しました。