写真:車 浮代

昨今、和食に注目が集まっていますが、和食のルーツ・江戸時代の食文化についての解説は多くはありません。そこで、時代小説家で江戸料理・文化研究家である車 浮代さんに、現代人が知っておきたい江戸の食事情について教えていただきましょう。

文/車 浮代

ギリシャ彫刻のようだと言われた江戸っ子の筋肉美

幕末、欧米からやってきた外国人は、江戸の男たちの体型が「足は短いものの、まるで黄金時代のギリシャ彫刻のようだ」と驚いたといいます。江戸で働く町人の男たちは、厚い胸板と逞しい筋肉で、よく陽に焼けて黒光りする肌、という立派な体をしていました。

その活動源になったのが白米です。白米は、私たちの体内でブドウ糖に効率よく分解されます。ブドウ糖は、心身のあらゆる活動のエネルギー源。人が元気にいきいきと活動できるのはエネルギーが体内で産生されているからで、エネルギーが不足すれば疲労感が強まり、心もイライラしやすく、人生を楽しめなくなります。

そんな大事なブドウ糖ですから、体は消費できなかったぶんを脂肪などにかえて蓄えます。「白米を食べると太る」という仮説は、「白米を食べて、活動量が少ないから太る」というのが正しいいい方でしょう。

日本人は炭水化物を摂取しても太りにくい

ダートマス大学のナサニエル・ドミニー博士の研究チームは、2007年、「アミラーゼ遺伝子」は民族によって違いがあることを発見しました。アミラーゼとは、炭水化物(でんぷん)を分解して糖にする酵素です。世界のさまざまな民族の唾液を調べ、解析した結果、日常的に炭水化物をあまりとらない民族は、アミラーゼ遺伝子の数が平均して4~5個でした。これに対し、日本人は平均で7個も持っていたということです。

つまり日本人は、炭水化物の分解の効率がよく、体が糖をスムーズに活用できているため、炭水化物を摂取しても、他の民族に比べて太りにくいのです。

一日に五合もの白米を食べ、ギリシャ彫刻のように筋骨隆々の体をしていた江戸っ子たち。彼らの食養生の鍵の一つは、「白米の食べ方」にありました。炊飯ジャーなどない時代、朝にご飯を炊けば、昼と夜はお櫃に移して水分を飛ばした冷や飯を食べることになります。

この冷や飯の健康効果について研究されているのは、文教大学教授で管理栄養士の笠原誠一先生です。笠原先生は著書『炭水化物は冷まして食べなさい。』(アスコム刊)にて、冷や飯には炊きたてのご飯の1.6倍ものレジスタントスターチ(難消化性のでんぷん)が含まれているため、冷や飯をしっかり食べていると、食物繊維が直腸にまで届き、善玉菌のエサになってくれるため、効率よく腸内環境を整えてくれ、「腸活」になると記されています。

ご飯を常温で1時間置いておくだけで、レジスタントスターチは増えるとのこと。冷蔵や冷凍にしても増えますが、常温で1時間置いたほうがその量は多くなります。電子レンジで加熱してもよいのですが、常温で1時間置いた場合よりは減少します。

江戸に倣う、冷や飯の美味しい食べ方

朝炊いたご飯を握り飯にしておき、昼食に食べる。飛脚や駕籠(かご)かきは、握り飯と漬物だけで、相当な肉体労働を行なっていました。

夕食に最も食べられていたのは、朝の残りの味噌汁をかける「ぶっかけ飯」です。今では、ご飯に味噌汁をかけようものなら行儀が悪いと注意されてしまいますが、「ぶっかけ飯」は消化もよく、睡眠前の胃腸にかける負担も少なく、健康にもよい、江戸っ子の立派な養生食でした。

実は戦国時代の武士たちも、冷や飯に冷めた味噌汁をかけて食べていました。「武士にては必ず飯わんに汁かけ候」と記されたほど、日常的な食べ方だったのです。武士は、このぶっかけ飯を主食にしながら、戦時下には、数十キロもある武具をまとって、遠い戦場まで走り、戦っていたのです。

また、歴史好きの方々に一度は試していただきたいのが、「新選組茶漬け」です。いつ戦いに出るかわからない隊士たちに重宝されたのが、手早くおなかを満たせるお茶漬けでした。お茶漬けのお供は、本干しのぬか漬け沢庵と奈良漬けです。西本願寺のお膳場には、沢庵と奈良漬けのみじん切りがどんぶり鉢に常に盛られ、いつでもお茶漬けをたらふく食べられるように用意されていたそうです。

「これを食べて、隊士たちは気持ちを鼓舞し、京の町を駆け回ったんだなあ」と思うと、ひと味もふた味もおいしく感じられます。

<出典>
『江戸っ子の食養生』
著/車浮代 ワニブックスPLUS新書 
(2022年5月20日発売)

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指導/車 浮代(くるま うきよ)
時代小説家/江戸料理・文化研究家。企業内グラフィックデザイナーを経て、故・新藤兼人監督に師事し、シナリオを学ぶ。現在は、江戸時代の料理の研究、再現(1000種類以上)と、江戸文化に関する講演、NHK『美の壷』他のTV出演や、TBSラジオのレギュラーも。著書に『免疫力を高める最強の浅漬け』(マキノ出版)『1日1杯の味噌汁が体を守る』(日本経済新聞出版社者)など多数。小説『蔦重の教え』はベストセラーに。西武鉄道「52席の至福 江戸料理トレイン」料理監修。
http://kurumaukiyo.com

 

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