取材・文/藤田麻希

2016年に東京都美術館で開催された「若冲展」に、約45万人もの人が来場したのは記憶に新しいところ。そんな、若冲を筆頭とする江戸絵画ブームを牽引した一冊の本があります。美術史家の辻惟雄さんが執筆した『奇想の系譜』です。1968年の7月号から12月号にかけて、雑誌『美術手帖』に「江戸のアヴァンギャルド」という副題で連載され、1970年に単行本として刊行。体裁を変えながら現在にいたるまで読み継がれています。

伊藤若冲 《紫陽花双鶏図》 絹本着色 一幅 139.4×85.1cm 米国・エツコ&ジョー・プライスコレクション

伊藤若冲 《紫陽花双鶏図》 絹本着色 一幅 139.4×85.1cm 米国・エツコ&ジョー・プライスコレクション

この本で取り上げられたのは、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6人です。当時の江戸絵画史は、狩野派、文人画、琳派など、流派やジャンルで縦割りに語られていましたが、この6人は、そのような枠にはおさまらない強い個性の持ち主。そのため、語られる機会が少なかったのですが、辻さんが彼らを「奇想」と括ったことによって、注目されるようになり、50年後の現在は、江戸絵画史を語るうえで必要不可欠な存在になっています。

曽我蕭白 《雪山童子図》 紙本着色 一幅 169.8×124.8cm 明和元年(1764)頃 三重・継松寺

曽我蕭白 《雪山童子図》 紙本着色 一幅 169.8×124.8cm 明和元年(1764)頃 三重・継松寺

そんな『奇想の系譜』の名を冠した展覧会「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」が、上野の東京都美術館で開催されています。書籍で取り上げた6人に加え、その系譜に属する、鈴木其一、白隠の計8人の絵画を集めています。本展の監修者で、明治学院大学教授の山下裕二先生は次のように展覧会を説明します。

「1冊の本の名前が展覧会のタイトルになることは、僕の記憶する限り、日本美術においては初めてではないかと思います。画期的な機会です。

若冲は今や、日本美術史におけるトップランナーと言ってもいいような大人気の画家になりました。ただ、『奇想の系譜』が刊行された1970年当時は、一般の人は若冲の名前すら知らなかったですし、もちろん教科書にも名前は載っていませんでした。それが、2000年に京都国立博物館で開かれた若冲展を契機に大ブレイクして、以後頻繁に若冲の名前を冠した展覧会が開催されています。この展覧会でも冒頭に展示しています。ただ、この展覧会に僕がこめたかったメッセージは、江戸時代の絵画は“若冲だけじゃない”、ということなんです。狩野山雪も岩佐又兵衛も若冲の人気に比べれば周回遅れのような状況ですが、素晴らしい。そういうことも多くの観客の方にわかっていたければ幸いです」

ということで、今回の記事では「若冲以外」のイチオシの2名をご紹介しましょう。

●岩佐又兵衛

『奇想の系譜』で、辻さんがもっとも多くのページを割いて記しているのが、岩佐又兵衛です。又兵衛は1578年に生まれ、16世紀に活躍しました。父は戦国武将で織田信長の重役だった荒木村重。その父が信長に謀反を起こしたため、又兵衛が2歳のときに一族郎党は皆殺しにされました。又兵衛は、姥に抱かれてなんとか生き延び、その後、絵師になりました。

岩佐又兵衛 《山中常盤物語絵巻 第四巻(十二巻のうち)》 紙本着色 一巻 34.1×1259.0cm 静岡・MOA美術館

岩佐又兵衛 《山中常盤物語絵巻 第四巻(十二巻のうち)》 紙本着色 一巻 34.1×1259.0cm 静岡・MOA美術館

展示室でひときわ多くの人が集まっているのが、『山中常盤物語絵巻』です。平家討伐に出た牛若丸の身を案じて跡を追いかけた、母・常盤御前が山中の宿で盗賊に殺され、牛若丸がその復讐を果たすという内容です。

盗賊が身につける衣装は、肉眼で確認するのが大変なぐらい、びっしりと細かな模様で埋められています。手に持つ刀には、金や銀が使われ、角度によって本物刀のようにキラキラと輝きます。この密度で全12巻、約150メートル(!)を描いていることに、驚きを隠せません。まさに執念の絵巻です。また、展示作品のなかでもっとも、写真で見るのと実物との差が激しい作品かもしれません。ぜひ実物を見て、この華やかさを体験してください。

●狩野山雪

狩野山雪は1590年に生まれました。16歳の頃に、京都を拠点とする狩野派の狩野山楽に弟子入りして頭角を現し、婿養子となって京狩野を率いました。当時、京都から江戸に拠点を移した狩野探幽などは、徳川家の御用絵師として華やかな舞台を与えられていましたが、豊臣側についていた京狩野は肩身の狭い思いをしていました。権力の後ろ盾がない分、実力主義で流派を存続せざるを得ませんでした。

狩野山雪 《梅花遊禽図襖》 紙本金地着色 四面 各184.0×94.0cm 寛永8年(1631) 京都・天球院

狩野山雪 《梅花遊禽図襖》 紙本金地着色 四面 各184.0×94.0cm 寛永8年(1631) 京都・天球院

山雪の作品の特徴は、水平、垂直、斜め45度の線が強調されることです。「梅花遊禽図襖」は、まず、梅の木が現実にはあり得ない角度で曲がっていることに目を奪われますが、山鳥の尾羽根、その下の岩、梅の木に止まる小鳥の斜め45度の線が、画面のアクセントになっています。また、梅の花が咲いているにもかかわらず、その幹には紅葉した蔦が絡まり、春と秋が同居しています。静謐な雰囲気が漂いながらも、現実離れした不思議な景色です。

各人単体での展覧会はこれまでも開かれていますが、奇想派の作品を一堂に集める展覧会は初です。新発見の作品、海外からの初里帰りの作品も目白押し。展示替えに注意しながら、ぜひお出かけください。

【奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド】
■会期:2019年2月9日(土)~4月7日(日)
■会場:東京都美術館
■住所:〒110-0007東京都台東区上野公園8-36
■電話番号:03-5777-8600 (ハローダイヤル)
■展覧会公式サイト:https://kisou2019.jp
■開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
※金曜日、3月23日(土)、30日(土)、4月6日(土)は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
■休館日:月曜日、2月12日(火)
※ただし、2月11日(月・祝)、4月1日(月)は開室

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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