2000人を超える中高年のキャリア開発に携わってきた、ミドルシニア活性化コンサルタントの難波猛氏の著書『「働かないおじさん問題」のトリセツ』(アスコム)より、これからの時代に中高年がいきいきと働くためのポイントをご紹介します。
文 /難波 猛
前回、「否定」「抵抗」「探求」「決意」という4つのフェーズを経て、人は変化を受け入れ、行動が変わっていくことを説明しました。今回は4つのフェーズのうちの、「否定」「探求」のフェーズにおける本人の状態と、上司や周囲のサポート方法を見ていきましょう。
否定フェーズ
「予期せぬ変化」「望まぬ変化」をいきなり受容する人も中にはいますが、それは非常にまれなケースで、多くの人は「自分には関係ない(根拠なき楽観)」や「たいした変化は起こらない(過小評価)」と思いがちです。こうした心理状態が、最初の心理状態「否定」です。
例えば、自社の決算情報や社長の動画メッセージで「会社の状況は厳しい」「当社には変化が必要だ」という情報を見ても「自分の仕事や状況はとりあえず明日も変わらない」「うちの会社(自分)は大丈夫」と根拠なく思い込んでしまう人は意外と多いです。これは、「自分だけは大丈夫だ」と思いたい(思い込む)、「正常性バイアス(または現状維持バイアス)」という心理が働くためです。
正常性バイアスとは、もともと災害時の心理学で「自分にとって危険な変化は起こらない(はず)」と脳がリスクを過小評価するメカニズムのことです。常時「自分が危険だ」「変化が必要だ」と考えると精神的エネルギーを消費するため、「危険や変化は起こらない」という前提で生活をしたい欲求があります。
例えば台風のときに川の様子を見に行って流される事故が毎年のように起こったり、新型コロナウイルス感染症が流行しているにもかかわらず飲み会をひらいて集団感染を引き起こす報道を見かけたりします。第三者的な視点ならば、「わざわざそんなリスクを取る意味が分からない」と思うところですが、当事者になると、「まさか自分に限って危険な目にはあわないだろう」「この位は大丈夫」と根拠のない楽観的な思い込みを抱いてしまうことが発生します。これが典型的な正常性バイアスの現れです。
こうした現象は仕事の現場においても同じことです。正常性バイアスによって、どこかで「自分には、会社や環境の変化など関係ない(関係があってほしくない)」と思い込んでいる人に向かって、「あなたも変わらなくてはいけない」といくら言っても、なかなか話は通じません。否定フェーズにおいては、「ネガティブな状況を受け入れられない」「リスクを直視できない」といった反応を示すほうが、人として普通です。まずはこの事実を、上司側も本人側も率直に受け止めましょう。
否定フェーズで本人が行うことは、「情報収集」です。「周りで何が起きているのか」「今後どういう状況になるのか」「変化しないと、どんなリスクがあるのか」「変化すると、どんなチャンスがあるのか」について、不都合な事実も含めてキチンと正しい情報を集めて向き合うことです。上司の側から言えば、「厳しいことでも、キチンと情報を伝える」ことが必要です。
例えば、会社が今後、人事制度をジョブ型に移行していくことが確定しているのであれば、「その結果、どんな可能性があるのか」「自分に、どんな影響があるのか」「適応できないとどうなるのか」等を、上司や人事と話したり、経営のメッセージを確認して情報収集を行います。
「当社はこれまではメンバーシップ型で、異動や昇格は会社主導、給料も年功序列的に一律で上がっていた。これからは、自分の働き方や貢献領域を自分でコントロールして、期待以上の成果を上げないとポジションが獲得できない。どんな職務(ジョブ)が求められるのかも、自分で探していく必要がある。新しいジョブで高い成果を出せば今まで以上の報酬が得られる一方、獲得できるジョブ次第で報酬が下がる可能性もある」などの変化に関する情報を、まずはしっかりと収集しましょう。
厳しい事実も含んだ正しい情報を知ることは、「気づきの機会」「変化の起点(トリガー)」になります。気づきの機会は一日でも早く提供してあげることが、本人にとって得なはずです。とはいえ、厳しい事実を聞いた人が、「そうか、明日から頑張ろう!」「前向きに変化しよう!」と即座に反応することは、滅多にありません。
実際には、「ネガティブな情報」に対して脳内では、「変わりたくない気持ち」「変わらなくていい理由」「変わる必要性」「変わらない危険性」に対する思いが錯綜し、ある種の「居心地の悪さ」が発生します。
こうした「居心地の悪さ」は、心理学や脳科学でいう「認知的不協和」という状態で、本人の意識(認知)の中で「葛藤」や「矛盾」が起きます。自分が今まで正しい・心地よいと思っていた事実や状態に対して、矛盾した現実が
突きつけられるので、不快に感じるのは当然でしょう。
この「認知的不協和」こそ、「否定フェーズ」を乗り越えていくために必要な心理状態と言えます。人は矛盾や居心地の悪さを感じる状態でい続けることはストレスが溜まるので、解消に向けて何かしらのアクションを取り始めます。
このフェーズにおいては「言われた本人はいきなり前向きになれなくても当たり前」「話を聞いた結果、不快や矛盾を感じるのは自然」「矛盾や居心地の悪さを感じてくれただけマシ」ということを、上司も本人も理解しておくことが重要です。
一番マズいのは、「不都合な情報から目(耳)を背ける」「厳しい情報を受け取っても、何の感情も持たない」状態です。その場合は、上司や経営者から、より厳しい情報や可能性を伝える場合もあります。
「再活性プログラム」という、パフォーマンス不足やミスマッチ状態からの脱却を目指す4日間の弊社プログラムの場合、冒頭で下記のような厳しい情報・問いを落ち着いた表情・声で受講者へ投げかけます。
「残念ながら、皆さんの成果や働きは、会社の期待を下回っている状態です」
「会社は、皆さんの改善や行動変容に期待して、この機会を設けています」
「ただし、この機会を使っても改善が見られない場合、処遇の低下や異動や(企業によっては)退職勧奨などの厳しい措置を取らざるを得ない可能性があります」
「こうした機会は、たぶん今回が最後となります」
「自分は、会社の評価やこうした研修を受講することに納得できない、と感じることも自由です」
「成熟した大人として、研修を受講する・辞退する、改善を目指す・目指さない、会社に残る・去る等、自分の意思で選択してください」
「コロナ禍の厳しい経済情勢の中、こうした機会さえ与えられずに会社を去らざるを得ない事象も、社外ではたくさん発生しています」
こうしたメッセージを受けて、実際に研修を辞退した方は、過去数百人中1名でした(その方は、会社自体を離れる決断をしたそうです)。ほとんどの方は、自分の置かれている厳しい状況や会社の本気度を理解して、不安や迷いを抱えながらも自分と向き合うことを選択していただいています。変にオブラートに包まず、伝えるべきことを誠実に伝えてあげることで、「働かないおじさん」と見られている方も真摯に行動変容を目指してくれるはずです。
抵抗フェーズ
最初は「自分には関係ない」という否定フェーズだった人も、正しい情報を収集することで「自分の置かれた状況を考えれば、今後は自分から変化していかないと厳しい」という現実だけは受け入れるようになります。
しかし、この段階ではまだ「頭では理解できるが、感情的に納得できない」という抵抗感を抱くケースが多いです。
特にミドルシニア社員の場合、「自分の先輩たちは良かったのに」「長年頑張ってきたのに梯子を外された」「よりによって、なぜ私が?」といった不公平感や、「総論は分かるが、今更変化できるわけがない」「今更、変化や新しいスキルの習得は面倒だし不安」と諦めを感じたりするケースも多いようです。「なぜ私が?」と納得できない状態。これが「抵抗フェーズ」の姿です。
例えば、「会社の言っていることは理解できた。しかし、5年前に引退した先輩は普通にリタイヤして悠々自適に暮らしている。自分の代からいきなり手のひらを返されるなら、単にタイミングによる運次第ではないか! 納得いかない!」といった反応などは、抵抗フェーズの様相と言えます。
このフェーズでは自分に突きつけられた不都合な事実について、自分の行動の結果だとは考えません。「こんなことになってしまったのは環境や他者のせいであり、自分は被害者だ」といった他責的な考え方になるのが一般的です。
部下がこのような反応を示したとき、上司がやりがちな失敗が「説得」です。「あなただけではなく、みんな同じだ」「失敗をおそれるのは分かるが、やってみなければ始まらない」「そんなことを言っても、決まったことだから仕方ないだろう」といったセリフが上司の口から飛び出しがちです。
しかし多くの場合、このような説得は相手が抵抗フェーズにいる場合は無駄です。「変わりたくない」「周囲が悪い」「なんで自分が?」といった心理状態にある人は、「説得されたくない」「納得したくない」ので説得は困難です。理屈や上司権限で説得し、仮に「わかりました」と言わせることができたとしても、本心から納得していないYESには意味がありません。むしろ、「この上司と議論してもどうせ無駄」といった諦めの気持ちで面従腹背になってしまうと、部下の本音が把握できず信頼関係も毀損するため、その後のコミュニケーションが極めて難しくなります。
抵抗フェーズで本人が行うことは「思いの吐き出し」
抵抗フェーズにおいて本人が行うことは「気持ちの吐き出し」と「言語化」です。「納得いかない感情」「納得できない理由」「今後への不安」「上司への不満」「会社への恨みつらみ」、何でも構わないので、出し切るまで吐き出しましょう。その際には、単に頭でグルグル考えるのではなく、「書き出す」「人に話す」等のアウトプットが重要です。
そうすると、「自分が何に怒っているのか」「何が不安なのか」「自分はどうしたいのか」が、具体的に見えてきます。怒りをコントロールするアンガーマネジメントでは、「アンガーログ」と言って怒りを感じた出来事を書き出して可視化・点数化するテクニックがありますが、その応用です。
吐き出す相手は上司でも良いですし、信頼できる同僚、キャリアカウンセラーやコーチなどの専門家でも良いと思います。抵抗フェーズで上司がやるべきことは、「説得」ではなく「傾聴」です。じっくりと時間をかけて本人の言い分に傾聴(耳と心を傾けて聴く、と書きます)しましょう。その際、相手の不安な気持ちや抵抗感を途中で遮ることなく全部吐き出させ、一度は受容してあげる。これが重要です。ただし、「相手の言い分をすべて鵜呑みにする」「実現できない要望を了解する」ということではありません。あくまで「気持ちを受け止める」「理解を示す」ということです。
本心から納得しているかどうかは、顔を見ればわかるでしょう。言葉だけ「わかりました」と言っても、不満そうな顔をしているようなら、「何か引っかかっていることがあれば、この機会に全部言ってください」と促し、とことん話に付き合ってあげることが必要です。ガスがすべて抜けて、「これ以上、言うことはありません」という状態まで付き合ってあげましょう。
これは上司の側に相応の忍耐が要求されます。
「いい大人なんだから、自分のことは自分で何とかしてくれ」
「下手なことを言われたら、対応が面倒だから説得しよう」
「何でこの部下は、自分の目線でしかものを考えられないのか」
「置かれている状況への認識が甘い」
「どこで、言葉尻を捕まえて説得してやろうか」
こんな思いがよぎるかもしれません。
しかし、この段階で思いのたけをすべて吐き出してもらうことが、次の段階に進んでもらう上での極めて重要なプロセスとなります。人間は、自分の気持ちや、怒りの原因、不満の理由を言葉に出していくと、だんだん気持ちが落ち着いて客観視できるようになります。先ほどの「アンガーログ」の考え方です。
また、「カラオケで熱唱する」「居酒屋で愚痴を言う」「木の穴に大声で叫ぶ」など、喜怒哀楽の感情を外に出せばだんだんとスッキリしてきます。これは、「カタルシス効果」と呼ばれる現象です。
上司側としては、思いのたけを包み隠さず吐き出してもらうためには、「本音を言っても大丈夫」「この上司は真剣に理解しようとしてくれている」という安心感を持ってもらう必要があります。「心理的安全性」という言葉が、人事マネジメントの世界では注目されていますが、特に抵抗フェーズの面談では意識することをお勧めします。
上司が「こういう方向に誘導しよう」「何も分かっていないので説教しよう」「今回のワンオンワン・ミーティングでイエスと言わせよう」という態度で臨むと、言葉に出さなくても、部下は敏感に雰囲気を察知します。そうなると、もはや本音を言ってくれることは期待できません。
「本音を言って損をした」と感じさせてしまうことは絶対に避けなければいけません。上司が怒りをあらわにしたり、イライラした態度を見せたりするのは厳禁です。
このフェーズでは、上司側が解決策を提示する必要はありません。ただひたすら傾聴に徹するのです。相手の持っている物語(ナラティブ)を、興味や誠意をもって聴ききって理解しようと努力する、というスタンスが良いと思います。上司と部下は立場も情報量も違うので、見えている物語や視点、受け止め方は異なるのが当然です。
上司がひたすら傾聴に徹して何度も話を聴いてくれると、心理学的に「単純接触効果(ザイアンスの法則)」と呼ばれる現象が起こります。これは平たく言うと、「自分と長く接してくれた人に好意を抱く」という心理効果です。
心理学の「返報性の原理」を活用する
次に待っているのは、「返報性の原理」と呼ばれる心理です。これは「恩を受けたり、親切にされたりすると、自分も相手に返したくなる」という気持ちを表します。「自分の話をしっかり聴いてもらったので、上司の話も真剣に聴こう」という感情が芽生えます。
上司が部下の話を傾聴してあげることで、相手にこれらの心理効果が働き、上司への信頼感や親和性が増します。その結果、その後のコミュニケーションが建設的に成立しやすくなります。(これは何も「働かないおじさん」と面談するときに限った話ではなく、本来は日常のすべてのコミュニケーションで心掛けておくべきことですが、特に双方にストレスが溜まるネガティブフィードバックや抵抗フェーズの面談では心掛けておきましょう)。
上司が傾聴に徹することで、本人の感情を整理することができれば、「結局、自分はどうしたいのか?」「自分にできることは何か」という内省が始まります。「予期せぬ変化」「望まない変化」だったとしても、その変化自体は自分でコントロールできないものであり、その組織に所属している以上は避けられないことだと理解して、最終的には自分の行動を選択する必要があることを、自分事として受容していきます。
抵抗のフェーズを脱して次の段階に進むためには、本人が認知的不協和を乗り越えて、じっくり自分の気持ちに向き合うための時間が必要です。抵抗フェーズで上司が傾聴する際のコツは、「とにかく黙って聞くこと」です。しかし、これがなかなか難しいようです。
意外に沈黙が効果的
管理職研修でロールプレイを行うと、場が沈黙することを恐れるのか、部下が少しでもしゃべらないまま時間が流れると、食い気味に説明やアドバイス、または説教を始めてしまう上司がかなり多いです。結局、ロールプレイの時間中7割くらいを上司役がしゃべってしまい、部下役が話したのは最初と最後だけ、というケースも多いです。
しかし、こうした「沈黙を恐れる態度」は逆効果です。部下が答えるまで上司が沈黙していれば、部下は投げられた問いを考えるしかなくなります。そして、いずれ部下のほうが(その沈黙に耐えきれなくなって)話し始めるはず
です。
言語化するまで時間がかかる部下や、時間をかけて真剣に内省する部下もいます。部下が自分の気持ちや感情と向き合えるようになるまで、上司は3分でも5分でも黙って穏やかに付き合ってあげましょう。上司が沈黙を恐れて矢継ぎ早にアドバイスしたり質問を変えると、部下が内省する機会を奪うことになります。
「再活性プログラム」の場合、あるタイミングで「自分の置かれている状況に対する不安・怒り・不満・葛藤」などの本音を、自由に開示してもらいます。その際は、人事や管理職には退席していただき「心理的安全性」を担保するようにします。そこでは、さまざまな本音が出てきます。
「どうせ、会社や上司は自分を辞めさせたいのだろう」
「今の上司は、今までの自分の仕事や部門のことを何も分かっていない」
「何を発言しても否定され続けたので、今さら会社に本音は言いたくない」
「定年まで残り3年、何を言われても会社にしがみつきたい」
「会社にいるのも辛いが、この年で転職できる自信もない」
「本当はやりたいことがあるが、今の成績だと言っても無駄なので諦めている」
「自分でも今の状況が情けないが、どうすれば良いか分からない」
上司としては、いちいち説教や説得をしたくなるコメントかもしれませんが、まずは本人たちが「自分が感じていること」を吐き出して向き合うことが重要です。自分の偽らざる本音を、似た立場の同僚と話し合うことで、少しずつ「それで、どうするか?」という議論が生まれてきます。
「会社が本当に辞めさせるつもりなら、わざわざ手間と金を使ってこんな機会を用意するだろうか? 一度、疑心暗鬼を捨てて、素直に受け止めてみよう」
「今の状況を放置して諦めているだけの自分は格好悪い。何かヒントを探そう」
「上司への不信感で本音を言わなかったが、そういう態度が上司との距離を広げていたのかもしれない」
このように、少しでも「自分ができること」「自分が変えられること」に目が向き始めると、次の「探求」フェーズに移行していきます。いきなり前向きなコメントが出るほど甘いものではなく、通常は3〜4日をかけて徐々に気持ちや発言が変容していきます。強制的に洗脳するような取り組みではないので、残念ながら、最後まで他責や抵抗で終わる人もゼロではありません。
抵抗のフェーズをクリアすると、「自分で選択できるこれからの行動」や「自分の未来」について思考が移ります。これが探求フェーズです。
「探求」と「決意」のフェーズは、次回ご紹介します。
難波 猛(なんば・たけし)
人事コンサルタント。マンバワーグループ株式会社シニアコンサルタント。1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て、2007年より現職。人事コンサルタント、研修講師として日系・外資系企業を問わず2000人以上のキャリア開発を支援。人員施作プロジェクトにおけるコンサルティング・管理者トレーニング・キャリア研修などを100社以上担当。官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。
『「働かないおじさん問題」のトリセツ』難波 猛 著