2000人を超える中高年のキャリア開発に携わってきた、ミドルシニア活性化コンサルタントの難波猛氏の著書『「働かないおじさん問題」のトリセツ』(アスコム)より、これからの時代に中高年がいきいきと働くためのポイントをご紹介します。

文 /難波 猛

10話で「否定」「抵抗」「探求」「決意」という4つのフェーズを経て、人は変化を受け入れ、行動が変わっていくことを説明しました。4つのフェーズのうちの、「否定」「探求」のフェーズは前回お話しましたので、今回は「探求」「決意」における本人の状態と、上司や周囲のサポート方法を見ていきましょう。

探求フェーズ

探求フェーズに入ると、「他人の責任にして不満ばかり言っても仕方がない」という思いを経て、「やはり自分でなんとかしないといけない」という前向きな心境になってきます。このような「過去や他人」ではなく「未来や自分」に向かう心境の変化が、行動変容が始まるきっかけになります。

探求フェーズで本人が行うことは、「ワクワクする計画」です。
「自分はこんなふうになりたい」「こういう状態を目指したい」「こうなれたら嬉しい」という、自分の願望を具現化して、達成に向けた計画を考えることです。

探求フェーズで上司が行うことは、「一緒に考える」、「支援」です。
プランの実現に向けて、本人の相談を受けて上司がアドバイスするのは構いません。しかし、プラン自体は本人に考えさせる必要があります。他人から押し付けられた計画は、自分事として本気になりにくいので、多少粗くても本人が本気で考えた計画を基に、必要な部分を支援する姿勢が有効です。

このフェーズに来れば、本人は感情面では落ち着いてきているはずです。なので、上司としても本人の願望・プランを聞いた上で、現実的に無理なものは無理と伝えて、実現可能な計画や選択肢を一緒に考えましょう。本人がプランを描いたら、「本人の望ましい状態」が実現した時に感じる気持ちや目に見える光景など、なるべく具体的な映像として語ってもらいましょう。そうすると本人の脳内に快楽ホルモンと呼ばれるドーパミンが放出され、より強い動機づけがなされます。

上司と部下が一緒になってワクワクする

人の脳は不思議な機能があり、実際にやっていないことでも、想像することで、やった時の気持ちや興奮を味わうことができます。

例えば、旅行の計画を立て、美しい景色のガイドブックを眺めながら、旅行のプランを考えていると、まだ行ってもいないのにワクワクすることがあると思います。これがドーパミンによる効果です。これは、本人が計画を立てるからこそ得られる快感で、上司が「こうしたらどうだ?」「こうしなさい」などと言ってしまうと、本人から快感を奪うことになってしまうでしょう。

「その状態が実現できたら、どんな気持ちになる?」
「同僚や顧客や家族から、どんなコメントをもらえると嬉しい?」
「○年後に、どんな状態でいられたらベスト?」
「どんな行動が、ベストな状態に近づくことになりそう?」
「実現に向けて私が手伝えることはある?」

こうした問いかけは有効です。本人が自発的に計画を具体化したり、イメージを強化したりするための支援になるからです。

部下の語る計画に対して、上司が共感や感動の言葉をかけてあげると、より効果的でしょう。部下本人の立場で言えば、「一緒に喜んでくれそうな人」「興味を持って聴いてくれそうな人」と話すと計画への動機付けが強まり効果的です。

たまに、部下の計画に対して無感情・無関心で「それで数字は達成できる?」「できなかったらどうする?」など、機械のように確認だけを行う上司がいますが、そういう上司と計画を話しても、部下は楽しくも嬉しくもなく、当然ドーパミンも分泌されません。「部下の描く状態や世界を、一緒に楽しむ・喜ぶ」という情緒的(エモーショ
ナル)な能力が、上司には求められます。

ここまでくれば、当初は現状について否定的な思考をしていた「働かないおじさん」たちも、「こうなりたい」という未来型・自律型の思考へシフトしていきます。

「未来のありたい姿(WILL)」が明確になると、「どんな能力を高めるべき(CAN)」で、「周囲の期待とどうすりあわせるか(MUST)」も具体化してきます。どうやって3つの円を重ね合わせるべきか当事者意識を持って検討する段階に入れるのです。

「再活性プログラム」の場合、この計画を立てる際には「ミラクルクエスチョン」ゴールフォーカスという観点を伝えています。「ミラクルクエスチョン」とは文字通り、「奇跡が起きたとしたら」という問いで、「色々な制約条件(家族のこと、家計のこと、転職の可否、人事制度の制限など)を取り除いたとしたら、どんな仕事をしたいですか? どの会社でどの職種を選びますか? 会社に残りますか?」など、「今の仕事で、今の会社で、今の関係で、頑張らなければいけない」という制約を一回外して考えてみてもらいます。

「ゴールフォーカス」とは、「ゴールに注目して逆算する」という考えで、有名な「7つの習慣(フランクリン・コヴィー・ジャパン)」では「第二の習慣(終わりを思い描いてから始める)」と表現されています。

「ゴール」は、「自分にとって、一番大事な瞬間」や「人生の節目」が分かり易いです。「その瞬間に、どんな自分でありたいか?」「ゴールにたどり着いた自分は、周囲からどんな言葉を投げかけてもらいたいか?」「どんな気持ちで、仕事人生や人生を締めくくりたいか?」等を考えてもらいます。

その結果、探求フェーズではかなりワクワクする本音を伴った未来図が出てくることがあります。

「娘が大学を卒業して巣立つときに、格好いい親でいたい」
「定年退職して会社を離れる日に、同僚から惜しまれながら門を出たい」
「自分が死ぬ時に、人生に悔いがなかったと言い切りたい」
「大型プロジェクトの成功で味わった達成感を、また味わいたい」

自分にとって、ポジティブな感情を伴うゴールが見えたら、そこにたどり着くための計画は、「他人からやらされる」ものではなく「自分のためにやりたい」ものになります。

決意フェーズ

否定・抵抗・探求というフェーズを自分で乗り越えると、変わることが楽しく感じられ、変わることへの抵抗感がなくなります。変化を自分事として受容し、自身も行動変容していくのが「決意」フェーズです。この段階では、「外部の情報」「自分の内心」「未来のありたい姿」を統合したうえで納得して自らの意思で内発的に変化するので、叱責や強制によって起きた外発的な変化に比べて実現性と継続性が高くなります。

アメリカの有名な心理学者であるアブラハム・マズローによると、人間の欲求は「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の5つの階層に分かれるとされています。

「決意」のフェーズでは、上記のうち「承認欲求」「自己実現欲求」をうまく仕組化・習慣化することが重要です。
承認欲求とは、誰かに認められたい、褒められたいという欲求です。人は社会的動物なので、他人から注目や称賛を受けると、快楽ホルモンであるドーパミンが分泌され、心地良さを感じます。

決意フェーズでは、探求フェーズにおいて立案した計画を実行に移していくことになりますが、「やってみたら難しかった」「目先の仕事に追われていつの間にか計画も忘れてしまった」など、いわゆる「三日坊主」になる可能性があります。「三日坊主」を防いで行動を習慣化するために、「褒めてもらう」「注目してもらう」仕組みを、本人と上司が合意の上でつくると有効です。

最も大事なのは「続けること」

例えば、本人が計画したプランを上司(または人事、コミュニティ、外部コーチ、キャリアカウンセラーなど)と共有、定期的にワンオンワン・ミーティングで進捗を確認、実行できたことがあれば意識的に褒める(注目する)ことで、承認欲求をある意味で仕組化して刺激し続けることが可能になります。

このとき、最終的な結果だけを注目して褒めるのではなく、途中のプロセスや行動をつど褒める(フィードバックする)ことが大切です。特にミドルシニア社員の活性化に関しては、「いきなり成果が出ること」ではなく「行動や発言が変わり始めること」「変化が継続すること」が重要です。

プロセスに注目すると継続的に新たな動機づけがされるので、本人の行動も継続しやすくなります。イメージとしては、マラソンのコースの途中で、コーチや観客が声援やペース情報を送ったり、栄養補給してあげたりする姿に近いでしょう。

ちなみに、「褒められること」でなくても「注目されること」でも一定の動機付けはされるため、「できていないことを褒める」必要はなく、「できたかできなかったかに、周囲が建設的な関心を持つ」だけでも「次はできるように頑張ろう」と思いやすくなります。

計画や行動の習慣化としては、上司や同僚、または顧客と直接コミュニケーションをする中でそのつど相手から褒められるのがフィードバックの効果が高くベストですが、全員がそこまで自分に関心を持っているわけでも時間や工数を割いてくれるわけでもありません。

そこで、ITツールや自分の人間関係等を活用した「自分で自分を褒める仕組み」「習慣化を促進する工夫」も大事になります。

「アプリやスマホのメモ機能で自分自身の変化や行動の状態を自ら記録する」
「SNSや社内イントラに、自分のプランを発信し、周りから応援してもらう」
「クラウドシステムやスケジューラに、自分の行動計画を予め入力しておく」
「会議や勉強会の場で、自分の行動を発表する機会をもらう」
「社外コミュニティに参加し、定期的に外部から刺激を受ける」
「家族や友人や同僚に計画を宣言して、引っ込みがつかない状態にする」

こういったことも効果的でしょう。

このように、「自分の目標や計画を可視化・情報発信して、それに対するフィードバックをもらう」行為は、「パブリック・コミットメント効果」と呼ばれる効果があり、目標の達成率や計画の継続率が高まると言われています。
行動が変化して成果が出るようになり、十分に承認欲求が満たされると、次に訪れるのは「自己実現欲求」です。

これは「自分の能力をさらに高めたい、試したい」「自分の才能を思うぞんぶん発揮したい」「仕事を通じて、社会や周囲に貢献したい」という願望です。最終的には人からの評価は関係なく、変化・成長してより仕事の質を高めるのが楽しいと思うようになります。

「仕事の報酬は仕事」という表現がありますが、「自己実現欲求」を仕事で感じる人は、「仕事自体が楽しい」「もっと能力を高めたい」「もっと難しい仕事にチャレンジしたい」という気持ちが芽生えます。「自己実現欲求」が満たされている状態の時には、「ゾーン」「フロー」「熱中」「没入」などと呼ばれる、時間や雑音を忘れて仕事に注意リソースを集中し、楽しくてやらずにいられない心理になることもあります。

部下本人が集中して仕事を楽しみ、自分を高め続けるようになると、上司の役割は「任せる」「見守る」「応援する」という形に変化していきます。

「再活性プログラム」の場合、研修中にこの「決意」後の行動変容を見ることはありません(「探求」での計画立案がゴールになります) 。ただ、その後にフォローアップのキャリアカウンセリングや人事とのヒアリングを通じて、しっかり変化を受容する様子をうかがう機会があります。

「やらされ感ではなく、自分の意思で昇格試験にチャレンジし始めた」
「若手の勉強会に参加することが、自分にも若手にも良い刺激になっている」
「SNSや社外コミュニティを使って、自分の視野や知見を広げ始めた」
「若い頃の仕事への情熱を取り戻して、働くことを楽しんでいる」
「熟慮した結果、会社を離れてUターンし、故郷のNPOで地域貢献をしている」
「働かないおじさん」の多くが「やらされ感」や「他責」ではなく、自分で自分の未来を描き、仕事が楽しくて仕方ないという状態になれば、本人のみならず組織も自然と活性化していきます。


難波 猛(なんば・たけし)
人事コンサルタント。マンバワーグループ株式会社シニアコンサルタント。1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て、2007年より現職。人事コンサルタント、研修講師として日系・外資系企業を問わず2000人以上のキャリア開発を支援。人員施作プロジェクトにおけるコンサルティング・管理者トレーニング・キャリア研修などを100社以上担当。官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。

             『「働かないおじさん問題」のトリセツ』難波 猛 著

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