渋沢がいなければ日本はどうなっていたか

翻ってみて、筆者がVCを始めとした多くの投資家から育てていただいた時のことについてだ。
正直に言って、同社は最終的に事業が頓挫し、時代を先取りしすぎたビジネスモデルは最終的に分割され引き取られ、完全に消滅した。
しかし誠実に事業を育て、裏表なく株主に対応した結果、筆者は大損をさせた株主の一社から斡旋して頂く形で、別会社のCFOポストを得ることになった。
事業を頓挫させ、失敗した役員であったことを考えると本当に破格のお付き合いを頂けたと、感謝をしてもしきれない。
投資を頂いたこと、知見を投じて育てていただいたことを含め、今も胸がいっぱいになる。

そして、おそらく渋沢栄一とはそのような存在だったのだろうと思っている。
率直に言って、筆者は渋沢が具体的に、500社以上もの会社の立ち上げにどのように関与をしたのかについてまで、詳細は知らない。
しかしきっと、国の発展のために必要と判断すれば資本や知見を提供し、同じ使命を背負うべきと考えた経営者には、厳しくも積極的に関与したのではないだろうか。
少なくとも筆者は、そんな「投資の世界観」を20代の駆け出しの頃に経験できて、本当に幸運であった。

ところで、日本に渋沢栄一がいなかったら。
あるいは岩崎の誘いに応じて手を組んでいたら、日本はどうなっていただろうか。
きっとお隣の国、韓国のように、一部の財閥グループが国のGDPの多くを独占する社会構造になっていたはずだ。

ただしもちろんこれは、どちらの国の社会構造が優れているかという話ではない。
実際に韓国の経済成長は力強く、日本は多くの事業領域で市場を奪われ続けている。
中長期的に見て、両国やそこで働くビジネスパーソンにとって良いことなのか悪いことなのかを含め、その是非は誰にも判断することなどできない。
しかし、企業経営者やビジネスパーソン一人ひとりが、真剣に考える必要がある問題だ。

「会社は誰のためにあるのか」
「企業家は得られた富をどのように配分すべきなのか」

そういった観点でも、渋沢栄一という先人を得たことが日本にとってどういう意味を持つことであるのか。
2024年の新1万円札を手にした時に、改めて考えるきっかけにしてみたい。

なお余談だが、岩崎や、同時代に活躍した財界人である住友財閥の住友友純は晩年、華族として男爵に列せられている。
一方で渋沢だけが、その上位にあたる子爵に列せられた。
そういった意味ではやはり、渋沢はなるべくして1万円札の顔になったのではないだろうか。
彼の生き方は、今も昔も、利害を超えて多くの人の心を掴み続けている。

【参照】
[1]公益社団法人日本化学会 「脱「利利優先」の科学技術政策を」
http://www.chemistry.or.jp/opinion/doc/ronsetsu1102.pdf

* * *

いかがだっただろうか。渋沢栄一について、新たな知見を得られたのではないだろうか。
引用:識学総研 https://souken.shikigaku.jp/

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