多くの雇用者は社員へのモチベーションを高める手段として、給料を上げるというのが手っ取り早く効果的だ、と思うことだろう。しかし、それだけでは、モチベーションが上がるわけではない、と識学総研は説く。マネジメント課題解決のためのメディアプラットホーム「識学総研」で、その理由を知ろう。
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「給料を上げればモチベーションも上がる」という考えの落とし穴
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従業員の仕事のモチベーションを高める方法として、多くの経営者が思いつくのが、給料のアップやボーナスの支給であったり、とにかく褒めるということでしょう。
一見すると当たり前に思えるかもしれません。
しかし、最近の研究では、今までの常識を覆すような結果が出ています。
「給料を上げればモチベーションも上がる」のか
モチベーションを上げる方法として、最も有効だと信じられている方法が、ご褒美を用意するというものです。
働きぶりに応じて給料をアップさせたり、ボーナスを支給するというやり方は、これまで多くの企業で採用されており、常識的な方法であると考えられてきました。
しかし、一見すると正しいように見えるこの方法には、科学的な根拠はありません。
では、科学的に見た場合に、「お金」は本当にモチベーションの源泉となり得るのでしょうか?
実際には「アンダーマイニング効果」といって、内発的動機づけ(例えば、「社会の役に立ちたい」など)に対して、外発的動機づけ(報酬アップ)が与えられてしまうと、働く意欲は高まるどころが、逆に下がってしまうということが心理学的に明らかになっています。[1]
また、別の研究事例においても、高額報酬の重圧が、かえって仕事のパフォーマンスを低下させてしまうということが分かっており、報酬をアップするよりも、経営者と従業員のコミュニケーションを密にする方が、モチベーションアップにつながるという結果もあります。[2]
モチベーションに関する理論としては、マズローの欲求五段階説が有名です。
この理論によると、人間の欲求は低いものから順に(1)生理的欲求、(2)安全欲求、(3)所属欲求、(4)承認欲求、(5)自己実現欲求の5つがあるとされています。
給料を上げるという行為では、低い欲求は満たされますが、高い欲求を満たすことができません。
以下に示すのは、ものの豊かさを求める人と、心の豊かさを求める人の割合を調べたものです。
これを見ても分かるように、心の豊かさを求める人は、ものの豊かさを求める人の2倍にも達し、今や多くの人が心の豊かさを求めるようになってきているのです。
価値観も多様化する中で、給料だけでモチベーションをコントロールしようとするのは、非科学的であり、もはや時代遅れであるというのが見て取れます。
その人らしさを大切にすることが重要
数値による一律の管理は、一見すると公平で合理的です。
しかし、そのように一括管理をしてしまうと、数字で評価されないことはやらないという風土を作り上げてしまうというデメリットもあります。
また、何に幸福を感じるのかは個人によって異なり、一概に数値で評価できるものではありません。モチベーションを高めるためには、その人の価値観を把握し、その価値観が満たされるようにする必要があります。
それでは、人はどのようなことに価値を置くのでしょうか?
次に示すのは、組織心理学者のシャインが明らかにした個人における職業の自己概念(セルフ・イメージ)を表す「キャリア・アンカー」と呼ばれるものです。[3]
(1)専門・職種別コンピテンス・・・自分の専門性や技術が高まること
(2)全般管理コンピテンス・・・・・組織の中で責任ある役割を担うこと
(3)自律と独立・・・・・・・・・・自分で独立すること
(4)保障、安定・・・・・・・・・・安定的に1つの組織に属すること
(5)起業家的創造性・・・・・・・・クリエイティブに新しいことを生み出すこと
(6)奉仕・社会献身・・・・・・・・社会を良くしたり他人に奉仕したりすること
(7)純粋な挑戦・・・・・・・・・・解決困難な問題に挑戦すること
(8)生活様式・・・・・・・・・・・個人的な欲求と、家族と、仕事とのバランス調整をすること
このように、職業における自己概念は8つに分類されます。そして、どのキャリア・アンカーが一番強いのかは、人によって異なります。
このキャリア・アンカーが満たされたときが、その人にとって一番幸福な状態であると言えます。数値による一括管理では、何に幸せを感じるのかという個人の幸福観を見落としてしまいます。
相手に合わせた指導によって成果を挙げた実例が、ビリギャルで知られる坪田信貴氏の方法です。坪田氏はエニアグラムと呼ばれる人間の性格を9つに分類した理論をベースにし、相手に応じたアプローチを取ることで、相手のやる気や能力を劇的に伸ばすことに成功しました。[4]
その成功例の一つが、映画化もされ話題になった『ビリギャル』です。
一律に管理しようとするのではなく、その人らしさを大切にしたやり方が重要であることがお分かりいただけるのではないでしょうか。
フィードバックによってもたらされる効果
近年、バーンアウトと対極の概念である「ワーク・エンゲイジメント」と呼ばれるものに注目が集まっています。このワーク・エンゲイジメントとは、仕事に対して活力、熱意、没頭を持った状態とされています。
ワーク・エンゲイジメントが高まると、以下に示すように、自発的に仕事に取り組む割合が増加します。
この他にも、離職率の低減や顧客満足度の増加などの効果もあるとされています。
このワーク・エンゲイジメントを高めるうえで重要とされているのが、「仕事の資源」と呼ばれるもので、就業条件(キャリア開発の機会、雇用の安定性など)、対人関係や社会関係(上司によるコーチング、社会的な支援など)、組織での仕事の進め方(意思決定への参加、コントロールなど)、課題(仕事のパフォーマンスに対するフィードバック、正当な評価など)があります。[5]
とりわけ比較的実行に移しやすいものとして注目したいのが、フィードバックです。
どのようなフィードバックをすれば、モチベーションを上げることができるのでしょうか?
何かについて注意する際、大きな声で怒鳴り散らすように言ってしまう方もいるかも知れません。
しかし、脳科学的に見た場合、「大きな声や威圧的な怒声は、相手の脳によけいなエネルギーを使わせ、脳を疲れされてしまうため、話の内容を受けとめる脳の働きを妨げてしまう」とされています。[6]
効果的なフィードバックの方法としては、調査結果によると、相手の具体的な行動について、行動した内容の重要性や意義について説明しながら、行動した直後に誉めることが重要であるとされています。[5]
仕事は見て盗めと教えられた世代には、受け入れ難いものがあるかもしれません。
しかし、これが調査によって明らかになった結果なのです。
ただ、細かく指導してしまうと、自立心や考える力が身につかず、人材が育たないのではないかと感じる方もいらっしゃるでしょう。そのような発想になってしまうのは、一律、画一的に管理しようとするところに原因があります。[7]
重要なのは先ほども書いたとおり、その人らしさを大切にするやり方です。
自立心や思考力を身につけさせるためだと言って、長時間にわたって詰問し続けたり、上げ足を取るようなことばかりしていたのでは、パワハラだと受け取られてしまいます。
的確なフィードバックを行うためには、相手をよく見ることが重要です。相手に合った方法を取ることが重要であることは、坪田氏の実例からもお分かりいただけるでしょう。
行動経済学が指し示す仕事のモチベーションアップの鍵
個人の仕事のモチベーションを高めるためには、一人ひとりに合わせてフィードバックすることが大切です。
では、組織全体のモチベーションを上げるには、何かいい方法はないのでしょうか?
そのヒントになるのが、行動経済学です。行動経済学は従来の経済学と異なり、心理学を取り入れることで人間の経済行動について説明しようとする学問です。
行動経済学の応用として参考になるのが、ヒットゲームの共通点です。ゲームメーカーは、どんなゲームに人気が集まるのかを徹底的に調査し、以下の7つの特徴があることを突き止めました。[8]
(1)わかりやすく、明確な目標がある
(2)主体的に行動できる
(3)何度失敗しても、また挑戦できる
(4)難しすぎず、簡単すぎない
(5)目標を達成するとほめられる
(6)他人と比較することなく上達を実感できる
(7)好奇心をくすぐる
仕事においても、この7つの特徴を備えることができれば、自発的に高いモチベーションを持って取り組めるようになると考えられます。
しかし、現実はどうでしょうか?上記に示す7つの項目とは、真逆になっていることが多いのではないでしょうか。
失敗できる雰囲気でなければ、よほど成功できる自信がないと積極的にチャレンジできません。モチベーションを高めるためには、失敗してでもいいから、とにかくやってみるという雰囲気が大事になってきます。
また、他人との競争によってやる気が生まれるのではないかという考え方もあります。しかし、調査結果では、他人との比較よりも、自分の成長を感じられることの方が重要であることが示唆されています。
現実と調査でわかった7つの特徴とのギャップを、どう解消するのかが重要になってきます。
組織全体のモチベーションを最大化するには
厳しくして伸ばすのか、褒めて伸ばすのか。経営者によって、それぞれの人材育成方針があるでしょう。
ただ、注意しなければいけないのが、モチベーションの源泉は内発的動機づけに基づくものでなければならないという点です。
叱ったり、褒めたりといったことを繰り返していると、叱られないと動かない、あるいは、褒められないと動かないということになりかねません。
褒めて伸ばすということも、褒められること自体が目的化してしまうと、先ほどもご紹介したアンダーマイニング効果によって、逆に意欲は下がっていってしまいます。
高いモチベーションを持って働き続けるためには、「いい仕事をしたい」、「もっと人の役に立ちたい」といった内発的動機づけによって動けるようにする必要があります。
また、この記事をお読みの方であれば、一律の管理は、科学的な根拠がなく時代に合わないというのがお分かりかと思います。
広告の分野においても最近では、検索履歴や行動パターンから相手の興味を割り出し、相手に合わせて広告を表示するというターゲティング広告という手法が目立つようになってきました。
相手に合わせることで無駄な広告を減らし、広告効果を最大限に引き出すことができます。
組織のモチベーションを最大化するのも同様です。
相手をよく観察し、相手に合った方法を取ることで、効率よくモチベーションを引き出せるようになります。
今までの認識を改め、これからの時代に合った経営をしていく上で、ご参考にされてみてはいかかでしょうか。
【参照】
[1]出所)名古屋大学プレスリリース「報酬の効果に関する世間の誤解は根深い」
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/201701206_env.pdf
[2]出所)「週刊東洋経済 第6572号」東洋経済新報社 P78~79
[3]出所)「新時代のキャリアコンサルティング」労働政策研究・研修機構編著 P92~93
[4]出所)「人間は9タイプ」坪田信貴著 P18~19
[5]出所)厚生労働省「令和元年版労働経済の分析」 P190
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
[6]出所)「脳科学が解き明かす人を動かす伝え方」加藤俊徳著 P23~24
[7]出所)「心を折る上司」見波利幸著 P106~107
[8]出所)「知識ゼロからの行動経済学入門」川西諭著 P160~161
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いかがだっただろうか。安易に給料をアップすることがモチベーションアップの要因、と考えるのではなく、対する相手にあった柔軟な対応が重要である、ということがおわかりいただけただろうか。
引用:識学総研 https://souken.shikigaku.jp/