ハギやヒガンバナの季節が過ぎると、のびやかな奈良の草原ではススキが秋風に花穂を揺らし、あちこちでコスモスも咲き始める。奈良の大地は広々としているので、ススキもコスモスもその量感に圧倒されてしまう。
(文・写真/原田 寛)
■1:藤原宮趾のコスモス(橿原市高殿町)
藤原京は7世紀末から8世紀初にかけて、持統天皇から元明天皇まで都だった場所で、その中心にあるのが藤原宮趾。昭和初期から断続的に発掘調査が続けられている場所だが、奈良を代表するコスモス名所でもある。
大和三山に囲まれた飛鳥地方特有の地形に加えて、量感も群をぬいているため、コスモスの季節になると多くの写真愛好家が集まってくる。
ワンパターンのありふれた写真になるのを避けようと思い、夜明け前に向かってみると、それでも三脚が何本も立っている状況だった。まだ朝露に濡れている花姿に、しばし見惚れてしまった。
■2:唐古・鍵遺跡のコスモス(磯城郡田原本町)
平城京以前の奈良をイメージすると藤原京や明日香エリアが思い浮かぶが、ここはそれより古い弥生時代前期からの大規模な環壕集落跡。平成21年から町が史跡公園整備を始めていて、29年度に完成予定。
公園整備の一環なのか、復元された楼閣の周辺に盛り土がされ、一面にコスモスが植えられている。朝日やサクラなど、季節に応じた撮影ができる場所だが、いずれにしても背景に楼閣を配置するのがポイント。爽やかな青空が心地よかった。
■3:葛城山のススキ(御所市櫛羅)
奈良と大阪の境、二上山と金剛山に挟まれた金剛山地の一つ。春のツツジの季節には多くの観光客が集まるが、秋のススキも壮観な風景。ススキは朝日や夕日に照らされた姿が美しいが、葛城ロープウェイの運行時間に合わせると撮影できないので、いつも山頂近くにある葛城高原ロッヂに宿泊することにしている。
西に夕日が落ちたあとも撮影を続けていると、やがて大阪の街の明かりが輝き始めるし、朝は東の大和盆地背後から太陽が昇ってくる。何といってもススキは朝夕の逆光に透けた姿が一番美しい。
■4:法起寺周辺のコスモス畑(生駒郡斑鳩町)
亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」を読んだのが、筆者が奈良好きになったきっかけ。巻頭グラフはあの入江泰吉氏だった。とりわけ、法隆寺から法起寺へ向かう前後の文章が印象的だったことを覚えている。
この場所では秋らしい青空を背景にしたカットも捨て難いのだが、塔をシルエットにした夕日の撮影地としても人気がある。欲張って、コスモスと夕日を同時に狙うため毎年のように訪れているが、昨年は偶然にも形の良い雲に恵まれて撮影できた。
■5:一面の銀波で埋まる曽爾高原のススキ(宇陀郡曽爾村)
奈良のススキといえば葛城山と並んで、曽爾高原が二大名所。奈良県の東北端にあり三重県境に接する、室生赤目青山国定公園の域内にある高原地帯。曽爾高原ファームガーデンやお亀の湯など、観光施設も充実している。また、ススキのシーズンには「山灯り」が開催されていて、夕暮れ時になると、高原の散策路をぼんぼりが照らしてくれる。
場所的にアクセスがそれほど良くないので、訪れる時には早めの時間に到着して昼の風景を撮影し、気長に時間待ちをして夕景まで粘ることにしている。ただ、夕景の撮影も全景が見渡せる亀山峠からの俯瞰が山を登るのに時間がかかるため、バリエーションを求めれば何回か通うことになってしまう。
■柿の葉すしと並ぶ奈良土産の定番
毎年何回か訪れている奈良だが、日頃は撮影機材のために土産物を持って帰る余裕がないので、奈良漬は取り寄せることにしている。東大寺前にある森奈良漬店が気に入っている。
取り寄せればもちろん当たり前の食べ方もするが、かつて奈良で出会った食べ方、薄く切ったバケットにバターを塗り、その上に薄切りした奈良漬を乗せて食べるのが妙に気に入っている。和と洋の奇妙な組み合わせのようだが、これが意外にいける。朝食にも、酒のつまみにもぴったりである。
どんな場所でも、地元ならではの食べ方があるもので、そういった食材に出会えるのも旅の楽しみの一つかもしれない。
【森奈良漬店】
住所:奈良県奈良市春日野23(大仏前)
TEL:0742-26-2063
受付時間:9時〜17時
アクセス:近鉄奈良駅から徒歩約15分
https://www.naraduke.co.jp/
文・写真/原田 寛(はらだ・ひろし)
1948年 東京生まれ。1971年 早稲田大学法学部卒業。鎌倉を拠点に古都や歴史ある町並みを撮り続け、鎌倉の歴史と文化・自然の撮影をライフワークとしている。鎌倉風景写真講座を主宰し後進の指導にもあたる。作品集は『鎌倉』『鎌倉Ⅱ』(ともに求龍堂)『四季鎌倉』(神奈川新聞社)『花の鎌倉』(グラフィック社)など多数。