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『サライ』本誌でCDレビューを連載している音楽ジャーナリスト・林田直樹さんによる、晩夏の南仏プロヴァンス紀行。今回はサド侯爵の城を訪ねます。

プロヴァンスを車で飛ばすと、こうした風景が次々と現れる。

プロヴァンスを車で飛ばすと、こうした風景が次々と現れる。

今回のプロヴァンス旅行の途中、山岳地帯リュベロン地方に滞在したときに真っ先に訪ねたのが、人口400人ほどの小さな村ラコストである。そこには18世紀にサド侯爵(1740-1814)が先祖伝来の領主として住んでいた城があるからだ。

ラコストの街並み。ラベンダーの香りが漂い、彼方にはプロヴァンスの風景が広がる。

ラコストの街並み。ラベンダーの香りが漂い、彼方にはプロヴァンスの風景が広がる。

ラコストの村の家並み。中世の雰囲気がそのまま残されている。

ラコストの村の家並み。中世の雰囲気がそのまま残されている。

サド侯爵というと、奇怪な性的倒錯者のイメージに眉をひそめる向きもあるかもしれないが、「悪徳の栄え」「ソドム百二十日」をはじめとする作品は、多様な解釈を許すインスピレーションに満ちており、その後の文学・思想史に絶大な影響を与えてきた。

サドは快楽のためなら他者の尊厳など何とも思わぬ暴虐な専制主義者のようでもあるが、先駆的な自由思想を持った理性的人物のようにも見える。サドの悪の哲学は、中世の異端と通じ合っているようでもあり、現代を先取りする個人主義でもある。

サド侯爵はモーツァルトと同時代人であった。いまも鮮烈に思い出すのは、1992年ロイヤル・オペラ来日公演でモーツァルトのダ・ポンテ三部作が上演されたとき、演出家ヨハネス・シャーフも来日し、彼に詳しくその解釈について話を聞いたことである。
あのとき「ドン・ジョヴァンニ」の舞台は、明らかにサドとの同時代性を意識したものだった。放蕩貴族ドン・ジョヴァンニが、若い娘を城の中に拉致監禁し、全裸にしながら饗宴を楽しむシーンは、いまも目に焼き付いて離れない。

ラコストの城は小高い丘の頂にある。白い石造りの小さな村の家々を両側に見ながら、急な坂の石畳の狭い道を登っていくと、廃墟のような城が見えてくる。その崩れかけた城壁は、マン・レイの「サドの想像的肖像」を連想させた。

この狭い石畳の道を歩いていると、21世紀であることを忘れそうだ。

この狭い石畳の道を歩いていると、21世紀であることを忘れそうだ。

城壁から城門を見下ろす。廃墟そのものである。

城壁から城門を見下ろす。廃墟そのものである。

急な坂を上っていくと、サド侯爵の城が見えてくる。

急な坂を上っていくと、サド侯爵の城が見えてくる。

ここはかつて作家・遠藤周作が、そしてサド文学の翻訳者としても名高い澁澤龍彦が訪れた場所でもある。

澁澤は「城と牢獄」のなかで、「城とは裏返しにされた牢獄であり、牢獄とは裏返しにされた城である」「サドは十八世紀末の文学者の稀有な例として、牢獄と城とを共に生きたのである」と述べているが、ラコストの城の外観は確かに牢獄そのものであり、ここは夢想にこそもっともふさわしい場所だと感じられた。

澁澤が1970年代にラコストを訪れた際は、この荒れ果てた城の内部には入ることができなかったというが、今は、崩れかけた妖しい雰囲気をそのままに、大切に管理されている。かつては42部屋もあったというが、拝観料を払えばそのごく一部は見学も可能だ。

サド侯爵の城の屋上。かなり高い場所にあり、ここから風光明媚なリュベロン地方一帯を見渡すことができる。

サド侯爵の城の屋上。かなり高い場所にあり、ここから風光明媚なリュベロン地方一帯を見渡すことができる。

サド侯爵が使っていたものとおぼしき馬車。中は非常に狭い。この時代の馬車の旅がいかに大変だったかを思わせる。

サド侯爵が使っていたものとおぼしき馬車。中は非常に狭い。この時代の馬車の旅がいかに大変だったかを思わせる。

サド侯爵の肖像画。

サド侯爵の肖像画。

復元されたサド侯爵の居間。

復元されたサド侯爵の居間。

居間の奥にはいかめしい古い金庫がある。

居間の奥にはいかめしい古い金庫がある。

金庫の中には引き出しがあり、開けてみると中には、錆びて曲がった鉄鋲があった。かなり強い力でないとこのようには曲がらないだろう。なぜこのようなものを金庫に入れておくのだろうか。少し恐怖心を感じた。

金庫の中には引き出しがあり、開けてみると中には、錆びて曲がった鉄鋲があった。かなり強い力でないとこのようには曲がらないだろう。なぜこのようなものを金庫に入れておくのだろうか。少し恐怖心を感じた。

紋章の入った椅子。

紋章の入った椅子。

復元された食堂。

復元された食堂。

棚は新しいが、そこに並べられている置きものはサド侯爵の蒐集だろうか?

棚は新しいが、そこに並べられている置きものはサド侯爵の蒐集だろうか?

神や社会に対して挑戦的な態度をとり続け、傍若無人でスキャンダラスな小説を書き続けたサド。その隠れ家としていた城は、やはりどこか不気味で秘密めいていた。

ここはいまではファッション・デザイナーのピエール・カルダンが買い取っており、夏にはラコスト音楽祭が開催されている。かつてサドが芝居や饗宴を催したり、少女たちを集めて秘密の快楽に耽ったりしたその場所で、コンサートが行われており、テノール歌手のヨナス・カウフマンやピアニストのマルタ・アルゲリッチが出演するなど、その豪華さが人気を集めている。

異端文学の夢想の城は、いまもなお孤立した薄気味悪さがたまらない魅力であった。そこは、いまもなお現代の芸術家たちに、刺激を与え続けていくに違いない。

写真・文/林田直樹
音楽ジャーナリスト。1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、音楽之友社を経て独立。著書に『クラシック新定番100人100曲』他がある。『サライ』本誌ではCDレビュー欄「今月の3枚」の選盤および執筆を担当。インターネットラジオ曲「OTTAVA」(http://ottava.jp/)では音楽番組「OTTAVA Liberta」のパーソナリティを務め、世界の最新の音楽情報から、歴史的な音源の紹介まで、クラシック音楽の奥深さを伝えている(毎週木・金14:00~17:00放送)

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