文/晏生莉衣
新型コロナウイルス感染拡大によって長引いた学校の休校によって、にわかに議論されるようになった9月入学制度の導入。「この機会を逃さずに改革を」という肯定派がいれば、「混乱に乗じて早急に決めてしまうのはよくない」という慎重論も聞かれます。
いろいろな意見がありますが、日本では実際のところ、「9月入学」についてまだよくわかっていないという人が多いのではないでしょうか。誤解もあるようで、これは一例ですが、「9月入学だと、卒業は8月」と思っていらっしゃる方がけっこういるようです。休校で遅れた勉強を取り戻すために、この夏は休みを縮小して8月まで勉強するという話とごっちゃになってしまってそうした理解になっているのかもしれませんが、「8月卒業」というのは実情とは違っています。
ということは、子どもたちは8月に卒業しない? では何月に卒業するの? と、いろいろな疑問が湧いてきますね。そこで今回は、9月入学の代表的な存在としてアメリカの学校を例にとって、学校教育制度の基本的なポイントを紹介していきます。
■「国は教育について権限がない」という違い
アメリカでは、日本と違って全国で統一された学校教育制度はありません。これは、教育は国ではなく州が管轄しているためで、各州で学校教育の制度が異なります。教育に関する法律や規則も州によって定められています。「日本と比べて、アメリカの教育は地方分権化が進んでいるのだな」といった印象を持たれるかもしれませんが、これはそもそも、“United States of America”という国名が示す通り、州(state)が集まって国が構成されているというアメリカ合衆国の成り立ちの歴史や国の形態によるものです。「アメリカ合衆国」ではなく「アメリカ合州国」だとする考えがあるように、アメリカでは各州によって独自の制度管理が行われています。
これは教育に限ったことではなく、アメリカ合衆国憲法によって連邦政府ではなく州や人民(the people)にゆだねられた種々の権限があるためです。新型コロナウイルス感染対策についても、トランプ大統領が「経済の再開を決めるのは自分だ。総合的な決定権は大統領にある」と発言すると、「それは違う。権限は州知事にある」とニューヨークのクオモ州知事やメディアが大反発し、法律の専門家たちも憲法修正第10条を引き合いに出して「大統領にそうした権限はない」と口をそろえるといった一幕もありました。
このように、連邦政府は憲法上、各州の教育行政に介入することはできず、従来、経済的に苦しい家庭の子どもへの支援などをとおして平等な教育機会の促進を行うにとどまってきました。連邦政府の教育省(U.S. Department of Education)が現在のような省レベルの組織となったのは1980年ということからも、国の教育に関する役割が伝統的に限定的であることをうかがわせます。しかし、2000年代に入ってからは、日本でも「落ちこぼれ防止教育法」として知られる “No Child Left Behind” をスローガンにした当時のブッシュ政権による教育政策のイニシアティブが始められ、連邦政府の教育への関与が強められる傾向が見られています。ただ、続くオバマ大統領も「STEM教育」を打ち出すなど教育の向上について積極的だったのに対し、トランプ大統領は連邦政府の関与を縮小方針と、大統領によって変わるため、国としての取り組み姿勢は一定ではありません。
■ 「6-3-3」ではなく「K-12」
それでは、具体的な話に移りましょう。アメリカでは州によって学校制度は違うのですが、大学教育レベルより前の学校教育(初等・中等教育)を総称して「K-12」という用語がアメリカ全域で共通して使われています。
「K」はKindergartenのことで、日本で言う幼稚園の「年長組」にあたります。ただ、日本の幼稚園とは別の存在に近く、アメリカの公立学校ではKindergartenは小学校に付属していて、小学校に入る準備として1年間の教育が行われます。「K」学年を終えると、日本での小中高校にあたる12年間の学校教育が続きますが、学年は小中高で区切らず、小学校1年から高校3年まで通算して1~12学年となります。1年生はグレード1(grade 1)、2年生はグレード2と上がっていき、日本で言う高校3年生がグレード12です。K学年とこの12学年を合わせて「K-12」と呼びます。
この「K-12」は多くの州で義務教育とされ、「何月何日の時点で満△歳」というような就学開始年齢の規定は州によってそれぞれですが、大抵の場合、5歳~6歳でK学年を開始し、最終学年の12学年を終える17~18歳までが義務教育期間となっています。アメリカでは幼稚園の年長と高校が義務教育に含まれるわけですが、公立学校では、K-12の授業料は無料です。無償教育のための財源は一般的に、州と学校区の税金でまかなわれています。
■「ジュニアハイ」ではなく「ミドルスクール」
このように、「K-12」というスタンダードな枠組みはあるものの、義務教育年齢についての全国的な統一規則はなく、それに加えて12年間の学年編成の制度も州によってまちまちで、同じ州内でも学校区によって違いがあるのが普通です。現在、もっともメジャーなのは、5年制小学校、3年制中学校、4年制高校という「5-3-4」年制度です。1~5学年が小学生、6~8学年が中学生、9~12学年が高校生で、小学校はエレメンタリースクール(elementary school)、またはプライマリースクール(primary school)、中学校はミドルスクール(middle school)、高校はハイスクール(high school)と呼ばれます。
「アメリカの小中高と言ったら、エレメンタリー、ジュニアハイ、ハイスクール」と思われがちですが、これはもはや古い常識。固定的な日本の学校制度と異なり、アメリカでは州や学校区によって柔軟に制度を変えられるため、教育に対する新しい考え方や学校のパフォーマンスの改善などに対応するために、社会は常に学校教育のベストなあり方を模索しています。そうした変革の要請に応える形でジュニアハイスクールに代わるミドルスクールが誕生し、小中高校の学年編成が調整されるようになりました。そのため、日本でおなじみの中学・高校を3年間でジュニアハイスクールとシニアハイスクールに区切る「6-3-3」年制は、ミドルスクールを取り入れた新しい制度に取って代わられ、今日では「6-3-3」年制はマイナーな部類に入っています。
その他、小中学校を8年の一貫教育にした「8-4」年制、中学、高校を6年の一貫教育にした「6-6」年制、ミドルスクール(中学校)の教育を重視して4年間とする「4-4-4」年制などがあり、さらに、「7-2-4」年制、12年一貫教育制といった制度もあります。
一クラスの生徒数は州によるばらつきはあるものの、エレメンタリーレベルで15人前後、その上のレベルになると20~30人程度というのが最近の標準です。日本の学校も昨今は少子化の影響で一クラスの生徒数が減ってきているようですが、アメリカでは公立小中高校の一教員あたりの生徒数の平均は、2000年代に入ってから平均16人以下水準を保っています。少人数教育は早くから実現されており、さらにさかのぼって1977年以降、平均生徒数はすでに20人を切っていました。(注) 同じ頃に日本の小中高校のいずれかで学んでいたという年代の方は、当時を振り返ってみると、その倍近くの生徒が一つの教室でいっしょに授業を受けていたようなご記憶がおありではないでしょうか。
■ 一般的なスクールカレンダーは?
次に、学校の年間スケジュールについて話を移しましょう。まず、年間の授業日数は、州によって若干違いがありますが、180日が基本です。新学年は8月下旬から9月初旬に開始されて翌年の6月が学年末です。日にちはそれぞれの学校によって異なりますが、卒業式は6月上旬に行われるのが一般的です。ということで、レッスンの冒頭に触れた「9月入学だと卒業はいつ?」という疑問への答えがここでようやく出てきました。
特に、「K-12」の義務教育を修了する高校の卒業式は、卒業生はガウンの晴れ姿で、保護者も大勢集まって盛大に行われます。ただ、先に説明したようにアメリカでは高校卒業までは1~12年生と学年が続きますので、小学校、中学校レベルでは記念の式はあるものの、高校の卒業式ほど大掛かりではありません。特に小学校を終える時には、卒業式というよりはカジュアルな進学式のようなものが行われることが多いようです。ついでに言うと、アメリカでは、日本のような入学式という学校行事は、K-12のどのレベルでも行われないのが普通です。
学期は2学期制が主流ですが、3学期制、4学期制を採用している学校も珍しくありません。いずれの場合も6月中旬頃には夏休みに入りますので、次の学年の開始まで、約2か月半の長い夏休み期間があります。
具体的な例として、ニューヨーク市の公立学校の2019年から2020年のスクールカレンダーを紹介すると、
・1学期は2019年9月5日から12月22日まで。この間に、11月末にはThanksgiving Day(感謝祭)のお休みが土日を合わせて4日間あります。
・冬休みは12月23日~2020年1月1日。
・2学期は1月2日から6月26日までで、2月にはPresidents’ Day(ワシントン大統領とリンカーン大統領の誕生日を祝う祝日)から始まるmidwinter break という2回目の冬休みが、4月中旬にはspring breakと言われる春休みが、それぞれ約1週間ほどあります。
・加えて、両学期中に5日ほどの国の祝日と、ニューヨーク独自のユダヤ教の祭日が休校日になります。
しかし、今年はアメリカのほとんどの学校で、カレンダーの予定通りにはいきませんでした。ニューヨーク市でも新型コロナウイルス感染対策として3月中頃から休校となり、その後の深刻な感染拡大によって、残念ながら、今学期中は学校の再開はされない決定がされました。学校が再び始まるのは9月の新学期の予定です。
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以上のように、日本とアメリカの学校制度にはベーシックな枠組みだけでもいろいろな違いがあります。日本と比べ、アメリカの学校制度は多様性と自由に富む一方、教育行政がばらばらで、学校環境や教育の質が学校区の財政や社会状況によって左右されるため、教育格差が生じるなど生徒が受ける影響が大きいという問題点もあります。次回も引き続き、アメリカの学校制度との比較から「9月入学」の日本導入について考えたいと思います。
(注)米国教育省の全米教育統計センター(National Center for Education Statistics: NCES) のデータによる
文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。