文/晏生莉衣
日本での新型コロナウイルス蔓延の危険性が急激に深刻化しています。感染拡大を防ぐためにいろいろな我慢をして、まじめに協力してきた多くの日本の人たちがいる一方で、自粛要請を真剣に受け取らない人たちの存在が、日本社会を崩壊させかねない大きな脅威となってきていることについて、前回取り上げ、こうした「困った人たち」の特徴として、
1.「共感力」に欠ける
2.「責任ある意思決定能力」に欠ける
3.「社会的責任感」に欠ける
4.「世界的な視野」に欠ける
という共通点を挙げました。
いずれも学力ではなく、社会的、情緒的な面についての問題です。医療従事者が大変困難な状況で懸命に働かれている中、一部の医師が、いずれも高いIQをお持ちのはずなのに、「3つの密」(密閉空間、密集場所、密接場面)を避けずに行動して感染したという事例も出ています。そして、集まってくる新しいデータでは、問題行動を取る人たちは年齢を問わないことが明らかにされています。
「困った人たち」にどう対応すればいいのか
今回のテーマは、オーバーシュートの危険を増大させる「困った人たち」への対応です。仮に、3月の3連休中のように自粛ムードがまた緩めば、こうした人たちが早速、楽しみを求めて行動することは十分予想できますから、さらに対応策を講じることが肝心です。過去の事態が繰り返されないために一番望ましいのは、「困った人たち」が、冒頭に挙げた「共感力」「責任ある意思決定能力」「社会的責任感」「世界的な視野」を身につけて自らの行動を変えることです。しかし、こうした適性は一夜にして習得できるものではありませんから、4点のうち、即効性のある対策を取るために特に重要な「責任ある意思決定能力」と「社会的責任感」にフォーカスした対応を取ることを提案したいと思います。
1.自分の決定の「負の連鎖」を描いて見せる
まず、「困った人たち」が「責任ある意思決定能力」を欠いているのであれば、それを補うことが必要です。責任ある意思決定をするための「問題を把握する力」や「状況分析力」が十分でないことから、これらの人たちは新型コロナウイルスの問題についてもよく理解できていない可能性があります。ですから、一般的な説明よりももっと具体的に、よりわかりやすく問題や現在の状況を説明して理解を助け、その上で、取るべき行動を明確に示すことが大切です。
そのために効果的な二つの方法があります。一つは、「decision tree」(ディシジョンツリー)の使用です。「決定の木」という直訳よりは、フローチャートのようなものと言ったほうがなじみがあるでしょう。この手法を使って、自分の間違った選択や決定がどういう結果を招いていくか、その負の連鎖を、目に見える形ではっきりと示す方法です。
具体的には、自分が自粛要請を無視して外出するという行動を選択するという決定をして、その結果、新型コロナウイルスに感染したというケースの負の連鎖のツリーを作ります。ツリーをばらばらに示すと、
「自分がウイルスに感染」→「家族が感染」→「家族が死ぬ」
「自分がウイルスに感染」→「友人が感染」→「友人が死ぬ」
「自分がウイルスに感染」→「他人が感染」→「他人が死ぬ」
「自分がウイルスに感染」→「自分が死ぬ」
というような負の連鎖が描けます。若い世代の場合は自分が重症化する確率は低いので、自分が死ぬというツリーより、家族が死ぬツリーのほうが太く描けるでしょう。その他に、「家族の友人が感染」「友人の家族が感染」「友人の友人が感染」という広がりや、「学校が閉鎖される」「会社が閉鎖される」「親や自分の収入が減る」といった社会的な影響のツリーも合わせて作ります。サンプルとしてツリーの一部を図1に示してあります。
2.目的の達成へのロジックを示す
「decision tree」と合わせてもう一つ効果的なのは、目的達成のための「logical tree」(ロジカルツリー)の使用です。「ロジカルシンキング」(logical thinking)あるいは日本語で「論理的思考」については、日本でも特にビジネス分野で人気の手法ですからご存知の方も多いでしょう。このアプローチで使われるロジカルツリーで、同様に、わかりやすく目に見える形で、はっきりと、問題を終息させて通常の生活に戻るという目的のためにできることを示します。図2は、サンプルとしてロジカルツリーの一部を示したものです。「目的達成のためには、なにが必要で、それを可能にするためにはどうすればいいのか、さらにそのためには……」というように、ロジカルに必要なことを示していきます。
これらはすでに様々な立場の方々から繰り返し言われていることですが、ロジカルツリーにして可視化することで、なにが問題で、どのような行動を取ればいいのかということを、「困った人たち」が理解しやすくなります。テレビはあまり見ないとか、新聞やインターネットからの情報を得ていないという人たちもいますから、「誰でも知っている」と思わずに、伝える工夫を続けることが大切です。
3.「社会的責任感」とは別の動機づけでルール順守
次に、「社会的責任感」を欠いているために社会のルールを守ることができないという弱点に対しては、別の動機づけによってルールを守る方向に向ける対策が考えられます。ルールを守るメリットをアピールし、「ルールを守れば得をする」という現実的な動機づけをするという、短期的な効果を狙ったアプローチです。
誤解がないように説明すると、ルールを守れば賞金がもらえるというような短絡的なメリットで意欲を刺激するのではありません。自分がルールを守ることで自分にとって好ましいなんらかの成果が生まれ、それによって自分がハッピーになるというような、ごく常識的なメリットを挙げることがポイントです。ただし、自分がハッピーになるメリットとして金銭的な報酬が除外されるわけではなく、新型コロナウイルス問題の場合なら、
◎「ルールを守る」→「社会状況が改善し、休業していたアルバイト先が営業再開する」→「再びアルバイトができて、バイト代が手に入る」
というようなシナリオを挙げることができます。メリットがあるという気づきからルールを守る意欲を高めるというこの動機づけアプローチは、イェール大学のヴィクター・ヴルーム名誉教授が提唱した「期待理論」(expectancy theory)の応用で、「努力をすれば良い結果がもたらされ、良い結果から報酬が期待でき、その報酬が大切なニーズを満たしてくれると期待できれば、人はやる気(モティヴェーション)を大きく刺激され、パフォーマンスが高くなる傾向がある」というモティヴェーション理論に裏付けされています。
そして、この方法にもディシジョンツリーが活用できます。ここで描くのは、1のような「自分の間違った決定による負の連鎖」ではなく、「『ルールを守る』という正しい決定によるプラスの連鎖」のツリーです。高齢者向けには、
◎「ルールを守る」→「社会状況が改善し、延期されていた大相撲が再開される」→「大相撲観戦を楽しめる」
◎「ルールを守る」→「社会状況が改善し、移動の自粛要請が解除される」→「国内・海外旅行に行ける」
というようなメリットを説明してもいいでしょう。大相撲を野球、ラグビー、サッカーなどに変えることもできます。年齢を問わず、一般向けには、
◎「ルールを守る」→「社会状況が改善し、『三つの密』の自粛要請が解除される」→「同僚、友だちと飲み会(食事会、カラオケなど好きな集まり)ができる」
◎「ルールを守る」→「社会状況が改善し、『三つの密』の自粛要請が解除される」→「閉まっていた文化施設が再開される→美術展(お芝居、映画、音楽コンサートなどの趣味・娯楽)を楽しめる」
などなど。ルールを守ることで、ウイルス感染拡大によってできなくなっていたことができるようになり、それによって自分がハッピーになれるというポジティブなシナリオをツリーで見せながら、ルールを守る意義を説明します。「困った人たち」自身に、自分にとってのメリットを考えながらツリーを作ってもらい、ルールを守るモティヴェーションを高めてもらうことも有効です。「強制的に我慢を強いられる」のではなく、「自分が再び楽しむために今は我慢する」という考え方ができれば、ルールを守る意欲が高まります。
4.1~3のツール利用でわかりやすい説明を工夫
欧米では、新型コロナウイルス対策としての外出禁止令を守らなかった人に多額の罰金を科し、警察官が違反者を取り締まっていますが、日本では、同様なケースでも罰金を設けたり、警察官が取り締まったりするのは法律的にできないとされています。ただし、警察関係者や行政の担当者が町を見回って、自粛要請に従わない「困った人たち」に声かけすることは、今後の対策として想定できます。
1~3に挙げたディシジョンツリーやロジカルツリーは、そうした際に利用できるきわめて有効なツールですので、プリントアウトしたものをチラシにして、見回り、声かけの際に活用して頂きたいと思います。「困った人たち」に、ただ「外出は自粛」「家に帰って」などと言うだけでは、相手の行動を根本的には変えられません。自分の間違った選択がどういう負の連鎖を引き起こすか、どうすれば新型コロナウイルスの脅威のない元の生活に戻れるか、ルールを守れば自分にどんな良いことがあるのか ―― こうした点をわかりやすくヴィジュアル化して示し、丁寧に説明して、忍耐強く説得する努力を、対応する側も最大限にする必要があります。
5.企業が社会的責任(CSR)を果たす
以上は個々人の選択や行動に関する対応策でしたが、個人レベルで責任ある行動を求めるだけでなく、日本社会の主要メンバーである企業や様々な団体に対してもその社会的責任を果たすことを求めなければ、オーバーシュート対策は不十分なままです。CSR(Cor
会社がワークスタイルの変更に真剣に取り組まず、社会的責任を果たそうとしなければ、社員は「仕事だから仕方がない」と相変わらず出勤を続け、飲食業界が営業を続けていれば、仕事帰りには同僚と一杯、という誘惑に負ける「困った人たち」が出てくることもあります。CSRに欠ける企業が多ければ多いほど、当然のことながら、ウイルス感染拡大の社会的リスクは高まります。
金銭的利益が減るのは特に中小企業や個人で行っている事業にとっては死活問題ですから、営業を続けたいというのは当然の願望ですが、施設が閉まっていれば、「困った人たち」によるウイルス感染拡大は避けられただろうというケースが全国で数多く出てきています。規模の大小にかかわらず、ビジネスで社会的責任を果たすという選択を下すために、その助けになる公的支援策が早急に実施されることも強く求められます。
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新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐことの重要性をまだよく理解していない人たちに対しては、明確に、丁寧に、説明を繰り返すことが大切です。そして、これまで経験したことのないこの脅威によって日本社会が崩壊しないために、国民が一致団結する必要があります。今後の対応について、次回も考察する予定です。
文・晏生莉衣(Marii Anjo)
教育学博士。20年以上にわたり、海外研究調査や国際協力活動に従事。平和構築関連の研究や国際交流・異文化理解に関するコンサルタントを行っている。近著に国際貢献を考える『他国防衛ミッション』(大学教育出版)。