取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
一管ひと筋に70余年。横笛の人間国宝の健康は、朝のオートミールが支える。レーズンの酢漬けが味のアクセントである。
【藤舎名生(とうしゃめいしょう)さんの定番・朝めし自慢】
昨年、長唄鳴物(笛)で重要無形文化財保持者(人間国宝)に選ばれた。長唄鳴物とは、歌舞伎の伴奏音楽として発達した長唄囃子のこと。『娘道成寺』で笛を吹いた時、踊っていた故・十八代目中村勘三郎から“笛の音で桜が舞っていたよ”と声をかけられたように、時に鋭く、時に繊細に、笛の音色で情景までをも表現する。
笛の家に生まれた。父は藤舎流笛家元、藤舎秀蓬(とうしゃしゅうほう)。6歳から父より横笛の手ほどきを受ける。昭和32年、高校を中退して上京。芸域を広げたいと、鼓奏者の伯父、藤舎呂船(とうしゃろせん)の内弟子となる。この頃から、笛一管を極める覚悟を決めた。
「私がまだ推峰(すいほう)を名乗っていた20代の頃に出会ったのが、谷川先生(哲学者の谷川徹三)。先生の助言で古典邦楽だけに囚われず、自分で作曲を始め、ソロ活動にも力を注ぐようになったのです」
48歳で襲名した“名生(めいしょう)”も、谷川氏の薦めだ。600年も前の猿楽(さるがく)で、観阿弥の笛方に“名人、名生あり”といわれた人がいたことからの“2代目名生”である。
今は京都芸妓の笛指導に携わりながら、歌舞伎や舞踊、ジャズやクラシックなど他ジャンルとの共演にも積極的に取り組んでいる。
栄養豊富なオートミール
人間国宝に認定された時、名生さんはこういった。
「もっと澄んだ、きれいな音を目指して磨き上げていきたい。それと同時に、後継者を育てることも人間国宝に選ばれた者の責務だと思っています」
その言葉通りに、自らの稽古はもとより、若手指導もある。多忙な毎日だが、健康の秘訣は、朝食のオートミールである。
「海外で食べたのを機に、若い頃から朝はオートミールです」
オートミールは食物繊維やビタミン、ミネラルが豊富。また、免疫力を高める効果もあるという。
そのオートミールには京都『林孝太郎造酢』の酢漬けレーズンを添えるのが定番。甘酸っぱい味が気に入っている。加えて、朝食に欠かせないハムは京都の老舗食肉店『モリタ屋』のボンレスハム、梅干しも京都『おうすの里』製だ。
30歳の頃に京都を拠点として以来、どれもこれも慣れ親しんだ“いつもの味”である。
稽古は京都の自然の中、風や川、木々や鳥と競演する
疎開先の滋賀県大津にいた6歳の頃、初めて笛を手にした。
「毎日、朝5時頃から近所の公園や琵琶湖畔、三井寺などで笛を鳴らしました。感じたままに吹きなさい、というのが父の教え。自然の中で吹くというのが、私には一番大事なこと。自然の中にいないと澄んだ音は出ないのです」
古典と即興を自在に行き交う横笛奏者としての原点は、自然の中に身を置くこと。今も古都の山や谷をそぞろ歩き、稽古を重ねる。
「風や川、木々や鳥の囁きと競演するように即興で吹く。古典でもそうした景色をイメージしながら奏でています」
昭和54年、同56年に創作で文化庁舞台芸術創作奨励賞特別賞。また、同59年には京都の自然の中で即興演奏したレコード『四季の笛』で文化庁芸術祭優秀賞を受賞。これは、“単なる吹奏者ではなく、まず作曲者であれ”と説いた谷川徹三氏(前出)も絶賛した一枚だ。
高度な伝統的技法に裏打ちされた、鋭く、鮮烈な、冴えわたる音色には、舞台の空気を一変させる力がある。古典を極めつつも、ソロ活動への思いも強い。
取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
※この記事は『サライ』本誌2020年4月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。