室町時代に考案され、江戸時代中期までは定番だった調味料「煎(い)り酒」は、魚や豆腐料理などに旨みを添える役割を果たしていたものです。醤油の誕生により次第に使われなくなり、最近まで忘れ去られて久しい調味料ですが、近頃では日本料理店でお造りに添えられるなど、再び注目されています。
煎り酒と聞いても、どのような調味料なのか想像しにくいかもしれませんが、かつては家庭で手軽に作られていたものです。
作り方はじつに簡単で、1合の日本酒に梅干1~2個と塩適量を入れて火にかけ、だいたい半量程度になるまで弱火で煮詰めます。これを茶漉しなどで漉し、粗熱をとります。
風味のよさを競い合うように、いくつかのメーカーから市販品も登場しています。酒のアルコール分をとばすことで旨みを凝縮し、梅干しで風味と塩分を添加するのが昔ながらの作り方ですが、昆布やかつお節などの旨みを加えて、さらに濃厚な出汁をきかせて作られることもあります。
最近、この煎り酒が見直されるようになったのは、古き良き味わいが注目されただけでなく、もともと日本人が素材をシンプルに味わう食文化を持っているからでしょう。煎り酒は、酒の旨みがありながら、醤油のように個性が強すぎない。白身魚、貝類、タコ、イカといった淡白な刺身を味わうのにとてもよく合います。
そのほか、胡瓜(きゅうり)や大根といった野菜を浸して浅漬けにしたり、油を加えてドレッシングにしたり、豆腐料理にかけたりと、じつに様々な用途があります。
自家製の煎り酒は、冷蔵庫で2週間ほど保存可能。酒肴作りに最適です。
文/大沼聡子