14世紀頃、ドイツの町の広場でクリスマス用品や日用品を交換することから始まったといわれるクリスマスマーケットは、今やヨーロッパの冬を彩る風物詩となりました。クリスマス前のアドベント(クリスマスを待ち望み準備をする期間。11月30日に一番近い日曜から始まることが多い)の頃になると、いよいよクリスマスマーケットの開始です。会場広場を埋め尽くすクリスマス用品の屋台、色とりどりのクリスマスキャンドル、熱々のソーセージやホットワイン、見上げるようなクリスマスツリー・・・。そんな光と夢の世界へ誘う「ドナウ川 クリスマスマーケットクルーズ」の後編をお届けします(前編はこちら)。
サンタクロースが現れた!?
オーストリアのメルクを出発した翌朝、私は午前5時頃、ワクワクしながら目を覚ましました。
「昨日部屋の前に出しておいた靴はどうなったのだろうか?」
そーっとドアを開けてみると、靴の中に何かが入っています。まだ眠っている夫を揺り起こしながら、「入ってる! 入ってる! 靴の中にプレゼントが!」と、子供のように叫びました。ふたりで確認してみると、サンタクロースとその従者の悪魔クランプスの形をしたチョコレートでした。クランプスとは、ヨーロッパ中部に伝わる伝説の生き物で、良い子にはサンタがプレゼントを、悪い子にはクランプスが罰や説教を与えるという、いわばヨーロッパ版「なまはげ」です。
乗客たちが童心にかえって「昨夜はサンタが来たらしい」などと語り合う朝の船内は、じつに和やかです。笑顔が絶えない乗客たちを乗せ、客船アマソナタの船旅はドイツ・バイエルン州のパッサウまで進みました。
イン川、ドナウ川、イルツ川に囲まれたパッサウでは、無料のウォーキングツアーに参加しました。ガイドさんによれば、3つの川は青いドナウ川、緑のイン川、黒のイルツ川と色が異なるのが特徴だそうです。
今日訪れるのは、町の中心にあるシュテファン大聖堂前のクリスマスマーケットです。シュテファン大聖堂の内部は重厚なバロック様式で、パイプ数が1万7974本もある世界最大級のパイプオルガンがあることで知られています。
大聖堂を出ると、正面には馬小屋で生まれたイエスを東方からやってきた3人の博士が拝み、贈り物を捧げるクリッペ(イエス生誕の模様を人形等で表したもの)が飾られていました。今日は雨降りなので、薪窯で焼くピツァ屋や、キャンドル店の光など、温かみのある屋台が目につきました。
パッサウを後にした船内で、カプチーノを飲みながら移り変わる川の景色を眺めていると、突然、「船に残っているお客さまは、もうひとつ別のクリスマスマーケットまで行けることになりました」という放送がかかりました。
次に止まるのはパッサウから約20km上流の町ヴィルスホーフェンです。当初、この町に船をつけるのは、パッサウからザルツブルグへ行く1日観光ツアーを選んだ乗客たちを再び乗せるためだけのショートストップが目的でした。しかし、ヴィルスホーヘンの船着き場に予定より早く到着したので、1時間だけこの町のクリスマスマーケットに行く時間ができたのです。
そこで、慌ててコートを着込み、船着き場の傍にあるクリスマスマーケットへ行ってみましたが、まさかここで、あの伝説の悪魔クランプスに出くわすとは夢にも思っていませんでした。
ヴィルスホーフェンのクリスマスマーケットは、まさに地元の人々の憩いの場。屋台のほかに本物のロバやアルパカのいる小屋から、クリスマスマーケットのボートまであり、子供連れで賑わっていました。
そんな平和な場所に突如、ガシャンガシャンとカウベルが鳴り響き、人々の悲鳴が聞こえました。そちらを見ると、世にも恐ろしい悪魔クランプスが子供や大人を脅かしながら、こちらにやってくるではありませんか。
まごまごしていた私はクランプスにつかまり、かぶっていた帽子をくしゃくしゃにされてしまいました。近くで見たクランプスの恐ろしい形相は忘れられません。とはいえ、怖かった一方で、なんだか面白おかしくもあり、お正月に厄除けで獅子舞に噛まれた時と似た気分を味わいました。
いよいよ旅も終盤となり、船はレーゲンスブルグというドイツ・バイエルン州の古都に到着。旧市街はユネスコの世界文化遺産にも登録されている歴史ある町です。今日はふたつもクリスマスマーケットを訪ねます。
まず、午前中は市庁舎前のクリスマスマーケット。屋台に加え、メリーゴーランド等もある大きなマーケットでした。
一旦、船に戻ると、この地にちなんだババリアンスタイルのランチが待っていました。ババリアとはバイエルンの英語名で、レストランに行くとウエイター達が革のズボンに帽子というババリア地方の民族衣装で出迎えてくれます。ババリアの人々は、ソーセージと豚肉とジャガイモをよく食べ、朝食のメニューは白ソーセージに甘いマスタードをつけたものと、プレッツェルが定番だそうです。ランチの料理として、子豚の丸焼きや多種類のソーセージが用意され、ビールと共にババリアの味覚を堪能しました。
ランチの後は船内でひと休みして、今度は世界有数の大富豪タクシス家の居城であるエメラム宮殿のクリスマスマーケットへ出かけました。タクシス家は、1489年、ハプスブルグ家の郵便事業を請け負ったことを契機に、神聖ローマ帝国から郵便事業の独占と世襲の権利を与えられ、巨万の富と侯爵の爵位まで得た一族です。エメラム宮殿の部屋数は500室もあり、その規模はバッキンガム宮殿を凌ぐといわれます。実際、宮殿内の庭は広大で、地図を見ながら進まないと迷子になりそうなほど。
敷地内に多数のクリスマス用品を売る小屋が並び、アーチをくぐって中庭に出ると、大きなクリスマスツリーと薪ストーブが置いてあったので、かじかんだ手を温めました。
今夜のお楽しみは、ミュージカルの本場ロンドンのウエストエンドで「マイフェアレディ」のイライザ役や「レ・ミゼラブル」のフォンテーヌ役を務めた歌手リンジー・ハミルトンによる船上コンサートです。以前、彼女のコンサートを大型クルーズ船の大劇場で聴いたことがありましたが、今回の会場は、リバー船のこぢんまりしたラウンジ。本格派の歌声と曲の合間の冗談をより間近で味わえ、一段と迫力が伝わってきました。
劇中の名曲「踊り明かそう」「夢破れて」などの熱唱に、乗客たちからスタンディングオべ―ションが贈られ、最後は、クリスマスソングを歌い上げて、会場を盛り上げました。
翌日、ついにこのクルーズ最後の停泊地ニュールンベルグに到着です。バイエルン州北部に位置するフランケン地方の都市で、世界一有名なクリスマスマーケットの街としても賑わいを見せています。ニュールンベルグでは、限定50名の乗客だけが参加できる「フランケン地方の味覚とクリスマスマーケットツアー」(無料)に参加しました。
まず、ニュールンベルグで生まれた珍しい赤ビールを飲みに、カイザーブルグ城の城下にあるビール醸造所兼レストランのアルトシュタットホフを訪れました。赤ビールとは、文字通り、赤大麦で造った赤い色のビール。歴史は16世紀にさかのぼり、1597年にはニュールンベルグに赤ビール醸造所が35軒もあるほどの人気でした。その後、透き通った琥珀色のビール、いわゆるピルスナーの出現で赤ビールは衰退。20世紀前半には皆無となりましたが、1999年にアルトシュタットホフが昔ながらの製法で赤ビール造りを再開し、現在ニュールンベルグで唯一の赤ビール醸造所として人気を集めています。
実際に飲んでみると深いコクがあり、喉で飲むというより、じっくり味わいたいビールです。これと共に登場したのが名物ニュールンベルガーソーセージ。小指大の長さが特徴の、粗引きでジューシーなソーセージは赤ビールにぴったりでした。
途中の菓子屋で、ガイドさんがニュールンベルグ名産の焼き菓子レープクーヘンを買ってくれました。蜂蜜の甘さとスパイスの利いたクリスマス菓子レープクーヘンをかじりながら、ニュールンベルグのクリスマスマーケットに到着するという素敵な演出です。
ところで、ニュールンベルグのクリスマスマーケットのシンボルは「クリストキント」(幼子イエス)と呼ばれる金色の天使です。ドイツでは、12月24日に子供たちにプレゼントをくれるのがサンタではなく、このクリストキント。ニュールンベルグでは、選ばれた若い女性が金の巻き毛と金色の衣装を身につけてクリストキントに扮し、クリスマスマーケット開会宣言などを行ないます。
もし、クリストキントに会えたらラッキーという言い伝えもあるそうですが、今回偶然にもフラウエン教会の前でクリストキントに遭遇。一緒に写真を撮り、絵葉書までプレゼントされ、天にも昇る気分となりました。
今夜はアマソナタでの最後の夜です。ラウンジでは乗組員の混声合唱団が急きょ結成され、クリスマスソングメドレーを披露。そして、最後は大きな袋を担いだサンタクロースが姿を表し、「私は良い子です」と答えた乗客にプレゼントを手渡してくれ、クリスマスムードたっぷりの楽しかったクルーズが幕を閉じました。
振り返れば、思いもかけない、天使・クリストキント、悪魔・クランプス、聖人・サンタクロースなどとの出会いが実現し、客船アマソナタに乗ってのドナウ川クルーズはヨーロッパならではのまばゆいクリスマスワールドを体験させてくれました。
毎年人気のクルーズですので、興味のある方は、ぜひ早めの予約をお勧めします。
■2016年のドナウ川クリスマスマーケットクルーズ
アマソナタ 2016年12月12日発7泊8日
ニュールンベルグ→レーゲンスブルグ→パッサウ→ワイゼンキルヘン(メルク近郊)→ウイーン→ブダペスト
料金2899米ドル~
(今回と逆コース、他にもコースあり)
このクルーズに関する問い合わせ先
株式会社オーシャンドリーム
TEL:042・773・4037
FAX:042・773・3021
http://oceandream.co.jp/